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昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃

2020.11.25 更新 ツイート

#11

永六輔は記している。「僕もノンポリという流行語に巻き込まれそうな自分を見つめていたような気がする」 中川右介

今年は三島由紀夫没後50年。中川右介著『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)から、一部を抜粋してお届けします。

第四章 続く余韻

永六輔

タレントの永六輔はこの年、三十七歳。三島の八歳下になる。永は三島と風貌が似ていた。当人たちも似ていることを自覚しており、三島は永のことを「できの悪い弟」と紹介するほどだった。街を歩いていると、永はよく「三島さん、サインしてください」と声をかけられた。最初は「違います、三島さんではありません」と否定していたが、しまいには面倒になり、「三島由紀夫」とサインすることもあったという。

当時の永はラジオの深夜番組の他、テレビ番組「遠くへ行きたい」が始まったところだった。二〇一〇年の現在も続く長寿番組が始まったのは、七〇年十月で、当時は永六輔のみが出演していた。

「遠くへ行きたい」は紀行番組で、日本各地に出かける。

《そのロケ先で、三島由紀夫自衛隊乱入のニュースを知った。

そして割腹自殺。》

とのみ、永は『昭和──僕の芸能私史』に記している。そして、この年について、

《この年、六〇年安保から十年。

政府は条約を自動延長したが反対する国民運動は静かなもので、過激派と呼ばれる学生たちが目立ち、その一方に三島由紀夫の「楯(たて)の会」があったのだが、これも支持を受けるという形にはならなかった。

僕もノンポリという流行語に巻き込まれそうな自分を見つめていたような気がする。》

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昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃

一人の作家がクーデターに失敗し自決したにすぎないあの日、何故あれほど日本全体が動揺し、以後多くの人が事件を饒舌に語り記したか。そして今なお真相と意味が静かに問われている。文壇、演劇・映画界、政界、マスコミの百数十人の事件当日の記録を丹念に追い、時系列で再構築し、日本人の無意識なる変化を炙り出した新しいノンフィクション。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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