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昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃

2020.11.21 更新 ツイート

#7

映画監督 鈴木則文には、浜名湖畔の日常風景が奇妙に思えた 中川右介

今年は三島由紀夫没後50年。中川右介著『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)から、一部を抜粋してお届けします。

第三章 午後の波紋

 

浜名湖

東映の映画監督鈴木則文は、京都から浜松ヘ向かう車中にあった。藤純子主演「緋牡丹博徒」シリーズがこの頃の鈴木の代表作で、菅原文太主演「トラック野郎」シリーズはこの後となる。この日は『関東テキヤ一家 喧嘩火祭り』のロケハンをするために、浜松へ向かっていた。この映画は「関東テキヤ一家」シリーズの四作目にあたり、翌年公開される。主演は菅原文太。

ロケハンには五人のスタッフと共に車で出かけた。京都撮影所から名神高速道路へ出て、やがて東名に入った。カーラジオからは歌謡曲が流れており、いつしか鈴木はウトウトと眠っていた。

豊橋近くに来て、鈴木がふと目を覚ますと、歌謡曲を流していたはずのラジオからは、緊迫したアナウンサーの声が流れていた。

「三島由紀夫は本名平岡公威(きみたけ)、大正十四年東京に生まれ……」と三島由紀夫の経歴を伝えている。鈴木則文は、運転していたスタッフに、

「三島由紀夫がノーベル賞でももらったのか」と訊いた。

数年前から、三島がノーベル賞候補になっていると噂されていたので、そう思ったのであろう。他にラジオで経歴を伝える理由など、思い当たらない。

「切腹しはったんですわ」

運転していたスタッフは答えた。

「えっ」

「自衛隊の中で切腹したらしいですわ。なんや、もう一人、切腹した奴がいる言うてましたで」

「ホントか、なんで起こしてくれへんかったんや」

「せやけど、よう寝てはるようでしたし」

「な、なに言うとるんや、そんな大事件を」

鈴木は、ひたすら驚いた。腰が抜けるほどだった。

寝ていた他のスタッフを起こすと、「とにかく、テレビを見よう」となった。しかし、高速道路の上である。サービスエリアにでも行かない限り、テレビはない。

ようやく、浜名湖畔のサービスエリアに辿り着いた。それまでの間も、ラジオでは刻々と事件の詳報を伝えていた。

しかし、鈴木がテレビに駆け寄ると、そこには三島由紀夫の姿を見る人で黒山の人だかり──ではなかった。テレビには漫才と歌番組が映っていたが、人々はそれも見ず、ひたすら浜名湖を眺め、一緒にいる家族や恋人や友人たちと語り、笑っているのだった。そこには、いつもと変わらない日常があった。

《その日常的な光景は、車という密室で様々に揺れ高揚した私の神経に奇妙な風景に思えた。》

だが、鈴木自身もまた、浜名湖を観光している人々と同様に、三島事件にかまうことなく、ロケ地探しというその日の仕事に向かったのだった。

《自分自身に直接響く問題以外に他者の運命と本当にかかわることが人間にとっていかに困難であるか》と、鈴木は記す。その意味でも、彼も浜名湖の観光客も《まったく同じラウンドにある人種なのだ》と。

関連書籍

中川右介『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』

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昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃

一人の作家がクーデターに失敗し自決したにすぎないあの日、何故あれほど日本全体が動揺し、以後多くの人が事件を饒舌に語り記したか。そして今なお真相と意味が静かに問われている。文壇、演劇・映画界、政界、マスコミの百数十人の事件当日の記録を丹念に追い、時系列で再構築し、日本人の無意識なる変化を炙り出した新しいノンフィクション。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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