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デビューの頃

2020.01.28 更新 ツイート

運だけで、ここまで来た西澤保彦

どんな作家にもデビュー作がある。
それが華々しいときもあれば、静かな船出であることもある。
いずれにせよ、みな、書き出し、書き終え、世に問いたい、と願ったのだ――。

<今回の執筆者>

西澤保彦(にしざわ・やすひこ)
一九六〇年、高知県生まれ。米エカード大学創作法専修卒業。高知大学助手を経て九五年、トリックの限りを尽くした本格ミステリ『解体諸因』で衝撃デビュー。以後、本格ミステリを中心に続々と話題作を発表する。代表作に『七回死んだ男』『依存』『収穫祭』『腕貫探偵』などがある。

ボツにしてくれたのは優しさだった

一九九五年一月に刊行された拙著『解体諸因』(講談社文庫)は、いま読み返すと活字にしてもらえたのはなにかのまちがいだったとしか思えないような、できればなかったことにしたい黒歴史だが、これが西澤保彦の職業作家デビュー作であるという事実をいまさら変えられるはずもない。

生存中のみならず死後に及ぶまで経歴の筆頭項目に背負っていかざるを得ない同作へのツッコミどころは枚挙に暇がないが、なかでも主役端役を問わず登場人物たちのキャラクター造形の拙さには我ながら眼を覆う他ない。レギュラー陣に関しては執筆時点でシリーズ化を前提としていなかったと言い訳したいところだが、かなり苦しい。デビュー二十五周年の二〇二〇年を迎えてもなお根本的に解決されていない、筆力の問題がそこに横たわっているからだ。

それを痛感させられたのは一昨年、二〇一八年。仕事場の収納を整理していたら、ワープロ専用機で打ってプリントアウトした、古い原稿が出てきた。『血吻の夜会』という、四百字詰めで五〇〇枚超の長編作品で、前述の『解体諸因』刊行前後に講談社からの第二作目を準備していた際、当時のノベルス担当部長だった故・宇山秀雄氏に送った数本の習作のうちのひとつだ。

 

鉛筆書きの「狂気が犯罪を起こしたのだと、きちんと描けないのなら実りはない」という宇山さんのメモ付きで突き返され、あえなくボツとなった。いささか余談めくが、二〇〇七年に発表した『収穫祭』(幻冬舎文庫)の初稿時に担当編集者氏に打診したタイトルがまさにこの『血吻の夜会』で、内容的にはまったく別物なのだが、やはり宇山さんの手厳しい指摘が頭にずっと残っていて、なんとかリターンマッチを図れないものかと足掻いていたのかもしれない。

ちょっぴりノスタルジックな気分で、およそ二十数年ぶりに『血吻の夜会』を読み返してみた。いや、びっくりしました。ヒドい出来であることは重々承知しているつもりだったのだが、こちらの覚悟を数千倍も上回るヒドさのあまり腰が抜けるかと思った。

いわゆる「同窓会もの」で、かつての同級生たちが共通の知人の結婚式で再会したことから連続殺人事件に発展する。我ながら鼻白みそうなほど気合いの入ったフーダニット趣向で、それはいいのだが、いやまて、コレってホントにオレが書いたの? と狐につままれたような気分に陥るくらい、読めども読めども、作中なにが起こっているのやら、さっぱりワケが判らない。

女性五人、男性七人と登場人物はやや多めなのだが、どいつもこいつもトラウマのかかえ方やら自己保身のクズっぷりやらが使い回しのコピー同然の似たりよったりで、どれが誰だか区別がつかない。なにしろ、てっきり主人公の記述だと思って読んでいたら途中で別人と取りちがえていたらしく、いきなり殺されてしまったりして啞然茫然。ラストで真犯人は○○だったのでしたと明かされても、はっきりしているのは性別くらいで、はたしてどこのどいつだったのか、まるで謎。フーダニットが肝の作品だ、なんて悪い冗談にもほどがある。もはやキャラクターの描き分けができていない、なんてレベルではない。ホントにコレ、オレが書いたの? 頼むからウソだと言ってくれえ、と悪夢の如き非現実感にうなされるばかり。

昔のことだから、では済ませられない。なぜなら当時は、けっこう自信満々でこの原稿を宇山さんに送った。そのときの己れの心情をかなり鮮明に憶えているからだ。だからこそボツになったときはショックだったし、宇山さんの駄目出しも泣きたくなるくらいキツく感じた。いまにして思えば、ずいぶん手加減してくれた、優しいお言葉だったんだなあと実感するし、ボツにしてくれたことにはただただ感謝しかないわけだが。

二十数年前の己れの欠点を自覚し、慨嘆するのはいともたやすい。近著と比べ、あの頃は若かった、と自嘲できる余裕も出てくる。しかし、リアルタイムでの客観的で公正な自己評価が極めて困難である事情は何歳になっても変わらない。デビュー作を黒歴史だと卑下したわたしだが、その頃と比べて自分がどれほど成長できているのかは、なんとも心許ない。むしろキャリアを積んだ分だけ変な自信がつき、眼が曇っているだろう。

改めて考えてみるまでもない。『解体諸因』を世に問えたのは新本格という時代の一大潮流にうまく乗っかれたから、つまり単に運が良かっただけの話なのだ。そして宇山さんをはじめ、わたしにとっては分不相応とも言える有能な編集者諸氏の存在も、すべてラッキーな巡り合わせだった。西澤保彦はただ運だけで、ここまでやってこられたのだから、残り少なくなった人生をだいじにしてゆきたいなと、しみじみ思う今日この頃である。

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西澤保彦

一九六〇年、高知県生まれ。米エカード大学創作法専修卒業。高知大学助手を経て九五年、トリックの限りを尽くした本格ミステリ『解体諸因』で衝撃デビュー。以後、本格ミステリを中心に続々と話題作を発表する。代表作に『七回死んだ男』『依存』『収穫祭』『腕貫探偵』などがある。

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