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デビューの頃

2019.09.04 更新 ツイート

ただ、書きたかった太田忠司

どんな作家にもデビュー作がある。
それが華々しいときもあれば、静かな船出であることもある。
いずれにせよ、みな、書き出し、書き終え、世に問いたい、と願ったのだ――。

<今回の執筆者>
太田忠司(おおた・ただし)
1959年、名古屋市生まれ。名古屋工業大学電気工学科卒業。81年「星新一ショート・ショートコンテスト」で「帰郷」が優秀作に選ばれる。著書多数。2019年8月、100冊目の小説作品『やっぱりミステリなふたり』(幻冬舎文庫)を刊行したばかり。

「読む」ことと「書く」ことは表裏一体

小説家になりたかったわけではない。これは本当のことだ。僕はただ、小説を書きたかった。それだけだった。

中学の終わり頃まで、小説というものをまったく読まない人間だった。自分から積極的に読んだのは親戚の家でもらってきた江戸川乱歩の少年探偵団シリーズのみ。そこから先にはまったく進もうとはしなかった。

 

それが中学校の図書室でたまたま手に取った小林信彦の『大統領の密使』を読んで、一気に小説の面白さに目覚めた。なんとも遅い目覚めだ。だから僕は多くの読書好きが子供時代に通ってきた名作読書体験が皆無だ。それが少しコンプレックスだったりする。

それはともかく、読書に目覚めた僕は高校に進学すると貪るように本を読みはじめた。通っていた高校の隣に区の図書館があったのも幸いして、読みたい本は山とあった。文字どおり耽溺した。

と同時に、僕の中にある欲求が生まれた。

小説を書きたい。

読書熱に連動するように、その思いは高まってきた。僕の中では「読むこと」と「書くこと」は表裏一体のもので、別個に考えることなどできないものだった。

だから、僕はずっと思っていたのだ。小説を読む人間は、必ず書くものだと。

小説を読むことに魅入られた人間が、それを書かずにいられるとは思えなかった。読者から作者への移行というのは、ごく自然なことなのだと思っていた。

今ではその考えが特殊なものだとわかっている。ほとんどの人間は読んでも書かない。だが僕は無性に書きたかった。だから書いた。

最初は原稿用紙五枚程度の短いものだった。それでも初めての挑戦で、まがりなりにも結末まで書けてしまった。そしたらもう、止まらなくなった。そして大学時代、星新一ショートショートコンテストに応募した『帰郷』という作品で優秀作をいただくことができた。そこまで——自分の人生にはいろいろと紆余曲折があった時代だけど——一気呵成の勢いだった。

小説を書くことが楽しかった。物語を生み出す苦しみや自分の文章力の貧困さに打ちのめされることも含めて、ただ楽しかった。できることなら、ずっと小説だけ書いて生きていきたい。そう思った。そのためにはどうしたらいいか。やっぱり小説家になることだよな。よし、じゃあ小説家になろう。

僕にとって小説家になることは目的ではない。手段だった。

しかし、なろうと思ったってなれるものではないこともわかっていた。だから大学卒業後は企業に就職し、サラリーマン生活を送りながら合間に小説を書き続けた。合間といっても当時はバブルの真っ盛りで残業百時間超えが当たり前の状況だった。だから寝る時間を削って書いていた。

ショートショートコンテストが縁で面識を得た編集者から長編ミステリを書かないかと誘われ、一も二もなく引き受けた。徹夜仕事や休日出勤が日常的だったハードな暮らしの中で、わずかな時間を利用して書き続けた。そして二年かけて最初の長編『僕の殺人』を完成させた。

これが採用されなかったら小説家になるのは諦めよう、アマチュアで細々と書き続けていこうと覚悟を決めて提出した原稿が、幸運にも僕の最初の著作として出版された。一九九〇年四月のことだ。サラリーマン生活をすっぱりと辞め、そこから専業作家となった。続けて本が出せるかどうかなんてわからなかった。でも小説を書くことだけに専念したかった。だからこの生活を少しでも長く続けられるよう、ただがむしゃらに書いてきた。

よく作家志望者に「スランプになったことはないんですか」と訊かれる。そのときは「デビューしたときからスランプです」と答える。嘘ではない。いつもアイディアの枯渇を恐れ、文章が頭に浮かばないことに歯噛みし「書けない、書けない」と愚痴をこぼし続けている。すんなりと抵抗なく書けたことなんか一度だってない。

それでも書くことを止めようなんて一瞬も思ったことはない。それは自分自身を止めることだ。生きているうちは、そんなことはできない。

気が付けば八月に上梓した『やっぱりミステリなふたり』で著作が一〇〇冊になった。こんなにも書いてきたのかと唖然とするが、それだけ楽しい時間を過ごすことができたわけだ。悪い人生ではない。

来年は作家生活三十周年を迎えるが、特に変わったこともなく書き続けるだろう。僕には、それしかできない。

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太田忠司

1959年、名古屋市生まれ。名古屋工業大学電気工学科卒業。81年「星新一ショート・ショートコンテスト」で「帰郷」が優秀作に選ばれる。著書多数。2019年8月、100冊目の小説作品『やっぱりミステリなふたり』(幻冬舎文庫)を刊行したばかり。

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