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デビューの頃

2019.08.07 更新 ツイート

「生きた証」を残したかったのかもしれない古野まほろ

どんな作家にもデビュー作がある。
それが華々しいときもあれば、静かな船出であることもある。
いずれにせよ、みな、書き出し、書き終え、世に問いたい、と願ったのだ――。

<今回の執筆者>
古野まほろ(ふるの・まほろ)
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁Ⅰ種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事。小説多数。

病院のベッドで書き溜めた大量のメモ

あわてて奥付を確認しますと、私がデビュー作品『天帝のはしたなき果実』を上梓させていただいたのは、2007年1月11日とのことでした。既に12年以上の昔と思うと、もうそんなにやってきたのか、という感傷を憶える一方、改めて確認しなければ分からないほど無我夢中で走ってきたことも実感します。

当時は、何の疑問もなく、警察官僚を定年まで勤め上げるつもりでしたから、まさか、この原稿を書いている2019年現在、専業作家なるやくざな稼業になってしまっているなどとは、夢にも思っていませんでした。

もっといえば、私には作家になるつもりもありませんでした。デビュー作品は、生まれて初めての長期入院をきっかけに、その無聊を慰めるために書いたものです。すなわち、それまで大病を知らなかった私は、だから官界での平穏な栄達を望んでいた私は、ある日突然ぶっ倒れまして、ぶっ倒れた当日、直ちに3箇月間の入院を命ぜられました。これは無論、あらゆる意味でショックでした。

さてそれからは、世間と隔絶した個室で、白い壁と白い天井とを見ながら、まあ独り暮らし。入院当初の、取り敢えずのバタバタした措置が一段落すれば、午前6時から午後9時までの病棟生活というのは、恐ろしく空虚で退屈なものです。主治医先生の許しがあれば、これまた生まれて初めての車椅子などを用い、院内をさまよってはみましたが、それで気が晴れるものではありません。

そこで、食事の都度トレイに付いてくる献立の紙とか、1週間の治療計画表だとか、とにかく裏が白い紙を集め、ベッドテーブルの上で、メモを書き殴り始めました。

長編小説のメモです。

登場人物、世界観、プロット、トリック、ロジック……長編本格ミステリのメモです。

ここで私は元々、就職するまでは、漱石とシェイクスピアとドストエフスキーと、あとミステリを読むのが大好きでした。とりわけミステリについていえば、小栗虫太郎の黒死館、中井英夫の虚無、竹本健治先生の匣といった黒い水脈、そして有栖川有栖先生の『月光ゲーム』、綾辻行人先生の『霧越邸殺人事件』、あるいは鮎川哲也の『りら荘事件』といった古典的本格が大好きでした。あとはクイーンのオランダ靴、クリスティの邪悪の家、アシモフの第二ファウンデーションといったところが、2019年現在でも私の源流です。

そして入院当時は、とりわけ古典的本格の極みである『月光ゲーム』と、奇書の極みである『虚無』『匣』を融合したような作品は書けないものだろうか──というコンセプトの下、主治医先生に時折思いっきり睨まれながら、異様な量の紙束の山を作っていた記憶があります。それがやがて節ごとの手書き原稿になり、パソコンで浄書され──気が付けば千枚超えの長編小説になっていました。しかもそれは、恐ろしい私小説でした。

今でも疑問に思うことがふたつあります。

ひとつは、何故私は死を意識したそのとき、小説を書こうとしたのかという動機。いまひとつは、何故それを商業出版のために投稿したのかという動機です。

 そしてこれは、トークイベント等の都度申し上げているのですが──だから御存知の方も少なくないのですが──私は少なくとも、その小説を商業出版する気もなければ、不特定多数の方に読んでいただく気もありませんでした。私が当時想定していたのは、たったひとりの読者で、それだけでしたから。

そこで、今にして顧るに、『何故小説を書こうとしたのか?』の答えは──ひょっとしたら死んでしまうかも知れない状況を踏まえ、遺言を……小洒落た言い回しをするなら『生きた証』を遺そうとしたから、かも知れない。それは既に自分ですら実証できない心情ですが、今考えてみても、まあ納得はできる。ところが、『何故その小説を新人賞のために投稿したのか?』となると……それは永遠に解かれることのない謎でしょう。そのときの心情は、私にはなかなか思い出せない。

ところがどうして、その人生初の、しかも病院産の小説は──心身の状態もかなり異常だったはずですが──どんな運命の悪戯か、投稿一発目で新人賞を受賞してしまい、商業出版される運びとなりました。その第一報を受けたのは、ちょうど入浴時間の直後だったのですが、もう心臓が飛び出るほどビックリしました……むろん恐怖で。こんなものが不特定多数に読まれては大変だという恐怖で。

ゆえに、受賞の連絡は確か2005年11月でしたが、そこから『やっぱり辞退させてほしい』『人様に読んでいただく作品ではない』という、およそ投稿者としてはマナーにも仁義にももとる折衝を続けまして……けれど作家として最初の担当さんが懸命に、それこそ病院に足を運んでまで説得してくださり(今現在もお世話になっています)、ゆえに紆余曲折と根負けを経て、とうとう2007年に出版されることとなりました。この、私のワガママによる紆余曲折と時間のロスは、『私は当該賞の34番目の受賞者になる予定だったのに、次の方と入れ換わりになり、結果として35番目の受賞者となった』事実が証明しています。

今私は専業作家として、年に6冊は本を出す生活を送っていますが、病気と入院、そのときのメモ書き、そして最初の担当さんの熱意がなければ、まるで違った人生を送っていたことでしょう。また、ひい、ふう、みい……と数えて2019年7月31日現在、39作品もの長編を上梓することもなかったでしょう(中編以下と新書等を除いています)。更に今年は40、41、42作品目が待ってもいる。健康、体力、精神力が加速度的に衰える中、何かを求める足掻きがなお強まっているのは、デビューの頃の心情を顧れば、もはや恥ずべき業でしょう。

ゆえに、このとりとめのない話をまとめると──『あなたが次に曲がるその曲がり角は、あなたの人生をいきなり引っ繰り返すかも知れないし、それは実は、読書体験そのものもそうなのだ』ということでしょうか。

デビューの頃。短くは書けませんでした。

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古野まほろ 小説家

東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。

警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事。小説多数。

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