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デビューの頃

2019.12.09 更新 ツイート

代替原稿ではなく、「好きに書いていい」と矢月秀作

どんな作家にもデビュー作がある。
それが華々しいときもあれば、静かな船出であることもある。
いずれにせよ、みな、書き出し、書き終え、世に問いたい、と願ったのだ――。

<今回の執筆者>
矢月秀作(やづき・しゅうさく)
一九六四年、兵庫県生まれ。九四年、 『冗舌な死者』でデビュー。二〇一二 年、アクション警察小説「もぐら」シ リーズが文庫化されるとたちまち累計 一〇〇万部を超える大ベストセラーと なる。他に「D1」「リンクス」など の人気シリーズがある。

私の道を決めた作品

デビューはいつかと問われると、いつも頭を悩ませていたのですが、いい機会なのでじっくり考えてみました。

デビューの定義ってなんだ?

文章が金になった時?

初めて小説が掲載された時?

いや、なんか違う。

ああ、デビューってうれしいものだ!

ということで、若い頃、書き物関係でうれしかった記憶はないかと脳みそをかき回してみると、それらしきものを発見しました。

二十七歳の時、私は官能小説誌の編集者をしていました。

〈小説アサヒ〉という老舗の月刊誌で著名な先生方も連載していた雑誌です。まあもう、二十年前に版元ごとなくなった雑誌なので、今の編集さんたちはほぼ知らないでしょうけど、当時、業界の一部では名の知れた小説誌でした。

ほとんどは、雑誌を持たない版元さんと連携して大先生の連載を取っていたのですが、気難しい先生もいて、ちょいちょい原稿を落としてくれました。

そこで私の出番。誌面を埋めるべく、小説の代替原稿を書くのです。

 

午後七時から翌朝七時までの十二時間で七十枚の原稿を書かなきゃならないなんてのはしょっちゅう。それでも書き切らなければなりません。

雑誌は原稿がなければ、ページが真っ白になってしまいますから。

しかも、活版時代だったので、リミットを越すと、職人の親父さんにも泣くほど怒鳴られます。

若造、必死です!

代原とはいえ小説を書いて掲載されているので、デビューといえばデビューですが、デビューしたという実感はまるでありませんでした。

代替原稿を書く時は、文字書きマシンのような感覚で筆を走らせていましたから、自分の作品を書いているという感覚が薄かったんだろうなあと、振り返るに思います。

そこでは、本誌以外に別冊の隔月誌も出していました。が、なんせ弱小出版なので、編集者は編集長と私の二人だけ。

しかも、途中で編集長が倒れ、一人で二誌を担当するという日々が始まりました。

編集を始めて半年も経っていない時だったので、もう涙目で、必死こいて仕事をこなしていました。

しかし、がんばれば良いこともあるもので。

半年後、現場復帰した編集長から、「別冊でなら、好きなものを書いていいよ」と言われました。

それも、官能誌でありながら、艶抜きでかまわないとも言われたのです。

俄然、張り切りました。

官能小説は、代原を書いていたこともあり、そこそこ書けはしていたのですが、毎月山のように来る先生方の作品を目にするたび、ここじゃ勝てねえな……と感じていました。

売れている作家さん、長く続けている作家さんには、必ず〝武器〟があります。

個性というべきものでしょうが、この武器が強ければ強いほど、作品は圧倒的な凄みを放ちます。

私は、編集者として、そうした先生方の原稿を読むほどに、自分の武器はなんだろうと考えていました。

それが〝艶〟でないことも、ひしひしと感じていました。

なので私は、その機会に、以前からずっと書いてみたかった警察もののハードアクションを執筆しました。

当時、原稿は手書きで、それが活版文字になって上がってくると、特別な感慨を覚えたものです。

そして、私が勝負を懸けてみたいジャンルの原稿が活字になって上がってきた時──。

震えました。

それまでにはなかった強烈な歓喜が込み上げてきました。

あまりにうれしくて、ゲラに赤を入れすぎてしまい、活版職人の親父さんにこってり絞られるというおまけ付きでしたが。

私の中で〝これだ!〟という実感がありました。ここなら勝負できると確信したのです。

私はその作品を書き続けました。

連作は後にリイド社の漫画の原作となりました。それがきっかけで同社からアクション小説の文庫を出すことになり、その文庫本が中央公論社(当時)の編集さんの目に留まって、後年『もぐら』が出版されることになりました。
 

もう作品のタイトルも、別冊の雑誌名も忘れたし、何年に発表したものかも定かではありません。

しかし、この短編こそが、後の矢月秀作の方向性を決定づけました。

この作品がなければ、『もぐら』は生まれていなかったかもしれません。

思い出してみると、なんだか心地良いですね、ほんとに。

私のデビューは、この短編が商業誌に掲載された時だと、自信を持って言えます。

いやはや、すっきりしました。

今一度、この時の感動や熱を思い出しつつ、これからも作品を書いていきたいと思います。

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矢月秀作

1964年、兵庫県生まれ。九四年、 『冗舌な死者』でデビュー。2012 年、アクション警察小説「もぐら」シ リーズが文庫化されるとたちまち累計 100万部を超える大ベストセラーと なる。他に「D1」「リンクス」など の人気シリーズがある。

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