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しらふで生きる

2021.12.14 公開 ポスト

「人間は悲しく淋しく閉じている」芥川賞作家が酒をやめて掴んだ「幸福」との距離感【文庫化再掲】町田康

作家の町田康さんが自らの断酒の顛末を綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が文庫になりました。解説は宮崎智之さんによる「常に正気でい続けることの狂気」。発売を記念して、単行本発売時のインタビューをあらためてお届けします。

*         *        *

「名うての大酒飲み」と言われた町田康さんが4年前にお酒をやめた顛末を微細に綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が話題です。30年間毎日飲み続けた町田さんはなぜ酒をやめることができたのか? それは「幸福についての考え方」が変わったからでした。
(構成:鳥澤光 撮影:塚本弦汰)

人間は悲しく淋しく閉じている

――「人間が生きるとはどういうことかについて考えた本」とおっしゃっていましたが、『しらふで生きる』は生き方を問う本なのでしょうか。

町田 どうしたら自分に大きな負荷をかけずに、より自然に生きていけるだろうかと考えた本ですね。

たとえば、自分は周りから正当な評価を受けていない、ひどい目にあっていると思っていると「酒でも飲まなやってられんわ」となってしまうわけですが、そもそも自分は大したものではない、不当に評価されているわけでも、何かを奪われているわけでもないんじゃないか? それなら酒を飲む必要もないんじゃないか? というのが考えの中心になっています。
    

――心の置きどころ、前提を変えてみるということですか?

町田 「幸福になるのが当たり前、みんな幸福なのに自分はそうじゃない」と、他人と自分を比べながら生きていたらしんどいじゃないですか。それなら「人は幸福にならなければならないわけではない」と考えた方が楽だろうし、幸福になるための努力に失敗して不幸になってしまうくらいなら、普通のままでもいいじゃないかと。
「幸福」という言葉が一人歩きしていて、そこに囚われると人は「不幸」になってしまうのではないかと思います。

 

――《私たちに幸福になる権利はない》と明言もされています。

町田 幸福でないことすなわち不幸ではないし、幸福だ不幸だといっても最後はどうせみんな死ぬやろ、とも思うんです(笑)。

まあ人間という生き物の宿命で、誰しも自分という地点からしかものが考えられないし、その考えも、不完全な言葉を使ってしか外に出すことができない。その言葉だって、それぞれが独自のものだから実は人にはあまり通じていなくて、長いものを書く意味はそこにあるんですけどね。

人間というものは、悲しく淋しく閉じているもの。だからこそ歌や文学が存在するんじゃないかと思います。
 

酒をやめてご馳走を食べる意味がなくなったことは残念

――大酒飲みだったという古代の豪族、大伴旅人の歌やエピソードも紹介されていました。

町田 大伴旅人「酒を讃むる歌」から本が始まったので、じゃあ酒を貶める歌で終わらせようと考えついて詠んだのが「酒を貶める歌」十三首です。『万葉集』にも収められた大伴旅人の歌から、替え歌のようにして作りました。

 

――中原中也や森進一の替え歌もおもしろかったです。大酒飲み時代の町田さんは、お酒のどんなところがお好きだったんですか?

町田 酒の味や飲んでいる場というよりは、酒に酔ってる状態が好きだったんじゃないかな。我を忘れるというか抑制が外れるというか。日常が退屈だから旅に出たい、虚しいから悟りを開きたい、そんなことと同じで単純なものだと思います。大酒を飲んで世間に迷惑かけたこともありましたし、よくない飲み方でした。

 

――《酒なしでご馳走を食べる気にならない》という説がありましたが、お酒がないならご馳走は……

町田 意味がないです。ご馳走があるのに酒飲まないなんて頭がおかしい、情けない。だから美味しいものを食べる意味がなくなってしまった。料亭とか行くと料理がちょっとずつ運ばれてくるでしょ? あれも酒を飲むペースに合わせているから、酒をやめたら「早く持ってこい!」と思うようになりましたね(笑)。酒をやめてネガティブな変化があるとしたら、唯一、食べものに興味がなくなったことかもしれません。
 


――その結果、体重や脳髄がどうなったかについては本の中でも書かれていました。お酒をやめられて、一番の変化はなんでしたか?

町田 ちょっとしたことに目を凝らしたり、耳を澄ませたりすることができるようになったというところですね。大きな音で素晴らしい音楽もあれば、大きいだけ、うるさいだけの音楽もあるし、小さく繊細で、綺麗な音もある。酒という強烈な刺激があったときには、マスキングされたようになって聴こえなかったり、見えなかったり、気づかなかったりしたものを、感覚できるようになったのは大きな変化ですね。

 

――そんなふうに町田さんが見たり聴いたりされたものが、これから先、書かれる文章や作られる音楽にもつながっていくのでしょうか? 

町田 この本の第3部でも「ああ、素晴らしき禁酒の利得」と書いたように、酒をやめたことの利点は確実にあるといわざるをえない。功利的にものごとを語るのはあまり好きではないんですが、その影響は、やっぱりあるでしょうね。

 

――今後は、何を書かれるご予定ですか?

町田 連載中のものだと、『ギケイキ』と『漂流』を文芸誌で、『東海遊侠伝 次郎長一代記』をウェブページで書いています。来年には、酒を愛し、酒に悩んだ種田山頭火について書く連載も始まります。

――大酒飲みの俳人。この『しらふで生きる』と対になるような連載になるのでしょうか、そちらも楽しみにしています。ありがとうございました。

(おわり)

関連書籍

町田康『しらふで生きる 大酒飲みの決断』

30年間、毎日酒を飲み続けた作家は、突如、酒をやめようと思い立つ。絶望に暮れた最初の三か月、最大の難関お正月、気が緩む旅先での誘惑を乗り越え獲得したのは、よく眠れる痩せた身体、明晰な脳髄、そして寂しさへの自覚だ。そもそも人生は楽しくない。そう気づくと酒なしで人生は面白くなる。饒舌な思考、苦悩と葛藤が炸裂する断酒の記録。

町田康『リフォームの爆発』

マーチダ邸には、不具合があった。人と寝食を共にしたいが居場所がない大型犬の痛苦。人を怖がる猫たちの住む茶室・物置の傷みによる倒壊の懸念。細長いダイニングキッチンで食事する人間の苦しみと悲しみ。これらの解消のための自宅改造が悲劇の始まりだった――。リフォームをめぐる実態・実情を呆れるほど克明に描く文学的ビフォア・アフター。

町田康『餓鬼道巡行』

熱海在住の小説家である「私」は、素敵で快適な生活を求めて自宅を大規模リフォームする。しかし、台所が使えなくなり、日々の飯を拵えることができなくなった。「私」は、美味なるものを求めて「外食ちゃん」となるが……。有名シェフの裏切り、大衆居酒屋に在る差別、とろろ定食というアート、静謐なラーメン。今日も餓鬼道を往く。

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しらふで生きる

元パンクロッカーで芥川賞作家の町田康さんは、30年間にわたって毎日、お酒を飲み続けていたといいます。そんな町田さんがお酒をやめたのは、いまから7年前のこと。いったいどのようにしてお酒をやめることができたのか? お酒をやめて、心と身体に、そして人生にどんな変化が起こったのか? 現在の「禁酒ブーム」のきっかけをつくったともいえる『しらふで生きる』から、一部を抜粋します。

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町田康

1962年大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。1996年、初の小説「くっすん大黒」を発表、同作は翌1997年Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞を受賞した。以降、2000年「きれぎれ」で芥川賞、2001年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他の著書に『夫婦茶碗』『猫にかまけて』『浄土』『スピンク日記』『スピンク合財帖』『猫とあほんだら』『餓鬼道巡行』など多数。

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