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しらふで生きる

2021.12.13 公開 ツイート

前編

「酒をやめたい」と思ってしまった"自分ならざる自分"へ迫る【文庫化再掲】 町田康

作家の町田康さんが自らの断酒の顛末を綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が文庫になりました。解説は宮崎智之さんによる「常に正気でい続けることの狂気」。発売を記念して、単行本発売時のインタビューをあらためてお届けします。

*   *   *

「名うての大酒飲み」と言われた町田康さんが4年前にお酒をやめた顛末を微細に綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が話題です。30年間毎日飲み続けた町田さんに起きた大変化。あらためてご自身に語っていただきました。
(構成:鳥澤光 撮影:塚本弦汰)

最初の一年は飲みたい気持ちがまだあった

――『しらふで生きる 大酒飲みの決断』はどんな本ですか? 

町田 この本は、僕が「なぜ酒をやめたのか」、「どうやってやめたのか」、「やめてどうなったか」を書いた3部構成になっています。4年ほど前に酒をやめて、最初の1ヶ月は「酒飲みたい」とばっかり考えていました。そこから酒のことを考えない時間がだんだん増えてきて、それでも最初の1年くらいは「飲んでたな、飲みたいな」という気持ちがまだあった。

その頃に『小説幻冬』でこの連載が始まって、飲まない時間が積み重なって「そういえば飲んでたな」に変わっていき、今はもう酒を飲みたいと思うこともなくなりました。

 

――連載時の「酒をやめると人間はどうなるか。或る作家の場合」からタイトルが改められました。

町田 これは、僕がどうやって酒をやめたのかという実地の体験を書いた本ですから、禁酒・断酒したい人の役にも立つかもしれない。でもハウトゥー本ではなくて、もうちょっと、人間が生きるとはどういうことかについて考えた本であるということで、いろいろ迷ったすえにこのタイトルになりました。
 

 

――禁酒・断酒については、エッセイや小説に書き残したいと考えられていたんですか?

町田 いや、それはあまりなかったんです。このテーマで、と依頼をもらって、月に一回原稿を書きながら、自分の思いや感覚について考えていきました。幻冬舎では最初に出したのが『餓鬼道巡行』という食の本で、次が家のことを書いた『リフォームの爆発』。食、住ときて今度は酒。たまたまですが、生活について書いた本が続きました。

 

――今回は美食、外食でも、ご自宅のリフォームでもなく、飲酒をやめるご自身が観察の対象になっています。

町田 本の冒頭では「自分ならざる自分」や「意志せぬ自分」というものが出てきて、どちらが「正気」でどちらが「狂気」なのか、という神話的な戦いも行われます。そんなふうにして、自分の中に降りていくような作業をしながら書いた本ですね。

自分のことってどうしてもいいように書きたくなってしまうし、自分の内側はどうなっているのか? と考えていくことって結構難しい。

逆に「また飲んでしもうたがな」、「いや、それにはこうしたわけがあって」みたいにするのもおもしろいのですが、今回は飲酒という慣習から離脱していく状況ですから、そっちにはいきませんでした。

酒がなくても全然いける

――本の帯には《30年間毎日酒を飲み続けた作家》とありますが、ご自宅でも外でも飲まれていたんですか?

町田 だいたいは家で一人で飲むんですが、仕事を終わらせて夕方3時〜4時から飲み出すと、8時〜9時くらいに一回眠たなるんですよ。そのまま寝て、明け方に起きて仕事するというのがパターンだった。

でもときどき夜中の2時とかに目が覚めてしまう。さあこれを朝と考えるか夜と考えるか、朝なら仕事、夜なら酒やけどどうしようかと悩んだり、まだ夜やろ、とウイスキーを飲んだりしていました。もうこれは習慣というか依存ですね。昔でいうたらアル中ですよ。
 

 

――《酒を最上位の快楽と位置づけて生きてきた》とも書かれています。

町田 そう。快楽だけならいいんだけど、飲酒には苦しみもあるわけです。どんな苦しみがあるかは本にも書きましたが、たとえば二日酔いという苦しみは、酒をあまり飲まなければ重くないし、たくさん飲んだら重くなる。じゃあ飲めば飲むほど快楽が増えるのか? というと、ある一定のところを超えるともう快楽すら感じられなくなる。

なんだかわからないまま、ただ飲み続けている状態になって、苦しみの方が大きくなってしまう。そんなことなら少ない量を飲めばいいんじゃないか。さらにおし進めると、もう酒を飲まなくてもいいんじゃないか、ということですね。

 

――やめられる前と後で飲酒についての考え方は変わりましたか?

町田 これまで30年間、酒は自分の人生にとってなくてはならない人生の楽しみ、人生の余禄だと思っていたんだけど、いつの間にかそれが余禄じゃなくて目的になっていた。酒が一番、あとはおまけ。それではダメだ! といざやめてみたら、なくても全然いけるやん、と思うようになりました。酒にかんしていうなら、根本的に考えが変わりましたね。

 

――その境地に至るには、飲み続けた30年間が必要だったのでしょうか。

町田 どうでしょう、わかりませんけども、あと10年、せめてあと5年早くやめていたらよかったなとは思います。酒を飲むというのは言ってみれば逃避ですから、やめることで現実と向き合う時間が増えた。できることももっと増えただろうと。

ただ、酒飲みにとっては酒をやめるというのはすごくハードルが高いことですから、この本を読み終えてから、また楽しく飲むもよし、やめてみるもよし。僕も酒が好きだったので、むやみにそれを攻撃するような本にはしたくないと思いながら書いていました。

(後編に続く)

関連書籍

町田康『しらふで生きる 大酒飲みの決断』

30年間、毎日酒を飲み続けた作家は、突如、酒をやめようと思い立つ。絶望に暮れた最初の三か月、最大の難関お正月、気が緩む旅先での誘惑を乗り越え獲得したのは、よく眠れる痩せた身体、明晰な脳髄、そして寂しさへの自覚だ。そもそも人生は楽しくない。そう気づくと酒なしで人生は面白くなる。饒舌な思考、苦悩と葛藤が炸裂する断酒の記録。

町田康『リフォームの爆発』

マーチダ邸には、不具合があった。人と寝食を共にしたいが居場所がない大型犬の痛苦。人を怖がる猫たちの住む茶室・物置の傷みによる倒壊の懸念。細長いダイニングキッチンで食事する人間の苦しみと悲しみ。これらの解消のための自宅改造が悲劇の始まりだった――。リフォームをめぐる実態・実情を呆れるほど克明に描く文学的ビフォア・アフター。

町田康『餓鬼道巡行』

熱海在住の小説家である「私」は、素敵で快適な生活を求めて自宅を大規模リフォームする。しかし、台所が使えなくなり、日々の飯を拵えることができなくなった。「私」は、美味なるものを求めて「外食ちゃん」となるが……。有名シェフの裏切り、大衆居酒屋に在る差別、とろろ定食というアート、静謐なラーメン。今日も餓鬼道を往く。

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しらふで生きる

元パンクロッカーで芥川賞作家の町田康さんは、30年間にわたって毎日、お酒を飲み続けていたといいます。そんな町田さんがお酒をやめたのは、いまから7年前のこと。いったいどのようにしてお酒をやめることができたのか? お酒をやめて、心と身体に、そして人生にどんな変化が起こったのか? 現在の「禁酒ブーム」のきっかけをつくったともいえる『しらふで生きる』から、一部を抜粋します。

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町田康

1962年大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。1996年、初の小説「くっすん大黒」を発表、同作は翌1997年Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞を受賞した。以降、2000年「きれぎれ」で芥川賞、2001年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他の著書に『夫婦茶碗』『猫にかまけて』『浄土』『スピンク日記』『スピンク合財帖』『猫とあほんだら』『餓鬼道巡行』など多数。

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