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おとなの手習い

2019.10.01 更新 ツイート

認知症と免許の問題を憂えつつ、仮免学科試験に焦る香山リカ

56歳で自動車教習所に通いはじめた香山リカさん。学科教習の折り返し地点で受けなければならない仮免学科試験の模試を受けたところ、判定はまさかの「不合格」。思わぬ壁にぶつかった香山さんは……

*   *   *

(写真:iStock.com/YakobchukOlena)


私はあわててネットを検索した。検索ワードは「仮免学科試験/不合格」「仮免学科試験/勉強法」などだ。すると、「落ちました」という経験談もかなり出てくる。とても正直な人たちの話を食い入るように読んで、「やっぱりちゃんと勉強しないと受からない」ということがわかった。

とはいえ、どうやって勉強してよいのかがわからない。なんでも「本」で学ぶのが身にしみついている昭和世代としては、とにかくアマゾンで「普通免許問題集」というのをいくつか注文した。

 

ところでアマゾンでこういった問題集を探しながら、普通免許の学科試験対策問題集よりもずっと多く目についたのは、「運転免許認知機能検査」の攻略本だ。

いまは70歳以上で運転免許証を更新しようとする人は「高齢者講習」というのを受けなければならず、75歳以上になるとそれに加えて「認知機能検査」が義務づけられている。この認知機能検査は「時間の見当識」「手がかり再生」「時計描写」からなる。30分ほどで終わる簡単な検査と言われるが、イラストを見て記憶したものを他の計算のような作業のあとに思い出さなければならない、など、なかなか複雑な問題もある。

そして検査の結果、「記憶力・判断力が低くなっている」という判定が出た場合は、警察から連絡があって、臨時適性検査(専門医による診断)を受け、さらに医師の診断書を提出しなければならない。それらからその人が「認知症」と診断された場合には、運転免許が取り消されてしまうのだ。

この制度は、私たち精神科医にとっても重い負担となっている。私たちの書く診断書により、その人の運転免許が奪われ、生活や仕事に大きな支障が出るかもしれないのだ。しかも、この検査が本当に交通事故防止につながるのか、学術的な見地からも疑問がある。日本精神神経学会は、何度も警察庁に提案や要望書を出している。そこにはこう書かれている。

「そもそも認知症と危険な運転との因果関係は明らかではありません。認知症であっても運転能力が残存しているのであれば、それを奪うことは不当なことです。高齢者の交通事故が多数報道されていますが、若年運転者の事故も少なくないのは同様ですし、報道されている事例だけでも認知症との関連が疑われているものは一部に過ぎません。高齢になれば認知機能が低下することは事実であり、それに合わせた対策が必要ですが、それを認知症であるか否かの診断に一括して解決できるとすることは誤りです。(中略)

さらに、特に地方では、運転を奪われることによって生活に困窮する高齢者が多数います。そのことに対する補償はなく、代替措置も十分ではありません。

また、真に重症な認知症を有する運転者の家族に対して具体的なサポートを提示するものではないので、困惑している家族は救われません。
医学的根拠に欠け現場に混乱を招くだけのこのような制度は、かりに施行が強行されたとしても実効性に欠け、改めて法改正を強いられる可能性が極めて高いと言わざるを得ません」

(「改正道路交通法の施行(高齢運転者対策関連)に関する要望」、日本精神神経学会、2016年11月19日)

実際に私の診察室にも、80代後半、さらには90代で運転を続けている、という人がやって来ることがある。家族は「もう運転をやめてほしい」と言うが、その人たちは必死だ。

「おまえたちが来てくれるときはいいけど、ふだん、買い物ひとつ行くにもバスさえないんだ! パソコンで注文しろと言っても使えない! どうやって生きていけと言うんだ!」

幸いというかなんというか、まだ警察庁から免許更新に必要な認知症か否かの診断書を書くように命じられたことはないが、もしその日が来たらどうしよう、とひそかにおそれている。

もし、本人の強い希望にも気圧されて「認知症は認められない」と診断書に書いたら、「また高齢者の交通事故」といったニュースを見るたびにドキドキするだろう。しかしもし「認知症」と書いてしまったら、その人に「もう社会で生活するな」という社会死の宣告をしているのと同じことになるかもしれない。どちらにしてもあまりに悩ましい。

とはいえ、実際にはこの制度は施行され、続けられている。その中で、「免許を取り上げられたくない」という高齢者たちは、山のように出ている「すべてわかる! 認知機能検査」といった書籍を買い込み、熟読して検査に臨んでいるのだ。

――私も免許が取れたとしても、10年後くらいには高齢者講習、そしてそのあとは認知機能検査か……。

複雑な思いにかられたが、その前にまずは普通免許の取得である。いや、その前に学科教習の折り返し地点で受ける仮免学科試験に受からなければすべては始まらない。私は邪念を捨てて、手もとに届いた問題集を通勤の行き帰りの電車の中などで必死に解き始めたのであった。

香山リカ『ノンママという生き方~子のない女はダメですか』

ときどき悔やむ。ときどき寂しい。 でも大丈夫。これが私の選んだ道。私の幸せのかたち。 さまざまな理由で、生涯子どもを持たない・持てない女性が全女性の3割とも言われています。 「女は子どもを産み育てて一人前」「女の本当の幸せは子どもを持つこと」という伝統的価値観はまだまだ強く、さらに最近は、少子化対策が国をあげての課題となり、子育ても仕事も頑張る「ワーキングマザー」が礼賛されます。 そんななか、子どもを持たない人生を選んだ「ノンママ」は、何を思い、どんなふうに生きているのでしょうか? それぞれの事情、悩みと葛藤、後輩ワーキングマザーとの軋轢、介護と自分の老後の不安等々。「ノンママ」のリアルな胸のうちを、自身もノンママである精神科医の香山リカ氏が、ときに切なく、ときに明るく描きます。

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60歳という人生の節目を前に、「これからの人生、どうする?」という問いに直面した香山リカさん。そこで選んだのは、「このまま穏やかな人生を」でなく、「まだまだ、新しいことができる!」という生き方。香山さんの新たなチャレンジ、楽しき悪戦苦闘の日々を綴ります。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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