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愛の病

2019.09.20 更新 ツイート

Sさんの素晴らしい人生・前編狗飼恭子

 ときどき集まって飲み会をするメンバーの中に、Sさんはいた。

 飲み会というのは、ときにおいてその場にいる人たちを楽しませようというMCみたいな人が出現することがある。そのMC的な人が面白いことを言ったりメンバーの誰かに話をするよう促したりして、その場を回す。テレビやネットのトークショウみたいだ、と思う。

 わたしは基本的に自分の話をするより人の話を聞く方が好きだしそっちのほうが楽なので、お酒を飲みながら達者な人たちのトークを楽しんでいた。
 Sさんもあんまり話さない人だった。大人しくて、つねににこにこしていて、いつも人の話を聞いている静かな男性だった。年齢は二十代後半。彼は日本中の心霊スポットを巡るというかなり特殊な仕事をしていたのだけれど、それは今回の話とはまったく関係がないので省略する。

 あるときMC的な人が、Sさんに今現在の恋愛はどうなっているのか、と聞いた。Sさんには随分長いこと好きな人がいたのだ。朝まで二人きりで飲んだりする仲ではあるが、彼女には好きな男性がいるらしく、なかなか振り向いてはもらえない。写真を見せてもらった。長い黒髪の、綺麗な人だった。

 

 MC的な人がわたしを指して言った。
「イヌカイさんは恋愛小説家なんだよ。アドバイスして貰えよ」

 職業柄わりとよくそんなことを言われるのだけれど、わたし自身は恋愛アドバイスなどというものはほぼすべて余計なお世話であると思っている派なので、困ってへらへら笑った。MC的な人はさらに続けた。
「イヌカイさん、こいつ童貞なんですよ」

 今ならセクハラになるかもしれない発言だけれど、もう何年も前のことだったし、Sさんも「はあそうなんですよ」と変わらずにこにこしていたので、それでその話は終わった。わたしがどんな恋愛アドバイスをしたのかは、覚えていない。たぶん余計なお世話だっただろう。そう思うのだけれど、Sさんにとっては違ったのかもしれない。

 その飲み会の次の日から、わたしのもとにSさんから恋愛相談メールが届くようになった。いや相談と言うよりは、ただの報告だった。彼女と会ってこんなことをした、こんなことを話した、こんな雰囲気になった、と微に入り細に入り、事細かにそのメールには書かれていた。わたしは、良かったですね、頑張ってね、みたいなとりとめのない返事を書いた。だいたい、わたしはSさんのことも彼女のこともよく知らない。知らない人にできるアドバイスは一般論だけだ。

 飲み会は数カ月に一回行われた。わたしはわりとよく参加していたけれど、Sさんは数回に一回しか来なかった。だからわたしたちは、たぶんほんの数回しか会ったことがない。それでも、彼からの恋愛報告メールは、一月に一度ペースで届いた。飲み会ではほぼ言葉を交わさなかった。二人ともただ人の話を聞くのが好きな方だったから。でもわたしはその会にいる誰よりも、いつのまにか彼の恋愛に詳しくなっていた。

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狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

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狗飼恭子『ロビンソン病』

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」などがある。最新刊は、『遠くでずっとそばにいる』(幻冬舎)。デビュー作『オレンジが歯にしみたから』がノンカフェブックスにて復刊。中田永一原作「百瀬、こっちを向いて。」で脚本を担当。オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/inukaikyoko/

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