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愛の病

2019.08.19 更新 ツイート

恋における愚痴とのろけの割合について狗飼恭子

「ほんとに、どうかしてるんですよあの人」
 と、彼は言った。渋谷の地下の、信じられないほど安い窓のない居酒屋で。

「おかしいのはどう考えても彼女のほうなのに、俺のことおかしいって言いはって、俺に精神科に通うよう言ってきましたからね」

 まあ、面白そうなんで行ってみましたけど、精神科。と言いながら、彼は何杯目かのレモンサワーをぐびぐびと飲む。わたしは彼の隣でまだ一杯目の薄いビールをちびりちびりと飲みながら、うんうん、とただ頷く。ビールは一杯二百円だ。
 

 

「そんな子別れればいいじゃないの」
 と、向かいに座っていた年上の女性が言った。彼女にはオーストリア人の若い彼氏がいるらしい。派手なピンクのブラジャーが胸元からのぞいていて、目のやり場に困る。 
「そうですよねえ。そうは思ってるんですけどねえ」

とお茶を濁しつつ、彼はまた彼女の悪口を言う。愚痴と見せかけたのろけだろうかと一瞬思うけれど、愚痴成分が多すぎてのろけ部分がほぼ無い。

「彼女の何が好きで付き合ってるの?」
 と尋ねてみると、
「考え方がしっかりしてるんですよね。最初はそういうとこが話していていいなあと思ったんですけど、ただ頑固で視野が狭いだけだったんですよ。うんでも、別れますよ、もうすぐ」
 と、きっぱりと言った。

 彼の彼女には、数回会ったことがある。きちんとした人だった。たぶん、彼も彼女も他人に対しては寛容なのに、自分と自分に近しい人間には不寛容になるタイプなのだな、と思う。

 別のときに、違う男友達と話していてこの二人の話になった。彼は彼女と仲がいい人だったので、彼女からいろいろ話を聞いているらしい。
「なんか大変らしいね、彼。彼女言ってたよ、彼はどうかしてるって」
 としみじみ言っていたので、彼女もきっと、愚痴多めの話をしているのだろう。
 彼らは、似たもの同士なのかな、と思う。

 わたしはあんまり自分のことを人に話すのが得意ではないので、必然的に、自分の恋人や夫の話をすることもほぼない。
 
   わたしの今までのパートナーたちはどうだったのだろうか。友人知人に、「あいつどうかしてる」とわたしのことを言っていたりしたのだろうか。愚痴だろうとのろけだろうと、他者にわたしのことを話されるのはあんまり嬉しくない。恋愛は二人の中だけで完結していたい、と思ってしまうのは少数意見なのだろうか。

 などと考えていたら、最近、前述の恋人たちが結婚したことを知った。
 そうか、あれは愚痴じゃなくて全成分のろけだったのか、とようやく理解した。
 

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」などがある。最新刊は、『遠くでずっとそばにいる』(幻冬舎)。デビュー作『オレンジが歯にしみたから』がノンカフェブックスにて復刊。中田永一原作「百瀬、こっちを向いて。」で脚本を担当。オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/inukaikyoko/

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