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ほかに誰がいる

2019.07.23 更新 ツイート

#8 公園の「かれ」…破滅へ向かう少女の恋朝倉かすみ

ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が。憧れのひと、玲子への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。玲子――こっそりつけた愛称は天鵞絨(びろうど)――への恋心が暴走する衝撃の物語を、冒頭から抜粋してお届けします。ヤミツキ必至!大注目作家の話題作。
 

* * *

8

天鵞絨の「かれ」への思いが深まりつつある。

おかしなことに、わたしは「かれ」が実在するような気がしてきた。「かれ」になら、天鵞絨を奪われてもいいとすら思った。

天鵞絨にせがまれて、夜の公園に一緒にいったことがある。「かれ」はいなかった。いつもいるってわけじゃないから、と、わたしはいった。

(写真:iStock.com/jiki2)

天鵞絨があんまりがっかりするので、やっぱり縁がないのかなあ、としょげるので、わたしは、たとえば昨日、あるいは一昨日見かけた「かれ」の話をすることになる。

「かれ」は髪を切ったようで、首のあたりが寒そうだった。

街灯の下のいつものベンチに腰かけて、犬をあそばせながら読んでいた本は、ブコウスキーの『町でいちばんの美女』であると判明。

「かれ」は本の帯をはずしてまるめ、ごみ箱を見ずに手首のスナップを軽くきかせて、見事に投げ入れた。

わたしはベンチの後ろにあるごみ箱に、左手で帯を投げ入れる「かれ」の真似をしてみせた。右手は本を持ったままだ。

あくる日、わたしたちは本屋にくりだし、「かれ」の読んでいた本をさがした。天鵞絨が見つけ、本屋の棚からそうっと抜きだした。隙間(すきま)なくおさめられた本のなかから、傷をつけないよう、細心の注意をはらって。

群青(ぐんじょう)色の翻訳本を両手で持って、表紙を見ている。その横顔。わずかに前にたおした首の角度は、手を合わせ、祈るときの角度と同じだ。長く濃い睫毛が蝋燭(ろうそく)の火先のように揺れている。

わたしはこんなに美しい天鵞絨を見たことがなかった。

この美しさは、わたしの努力によるものにちがいない。

朝倉かすみ『ほかに誰がいる』

ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が……。憧れの“あのひと”への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。淡い恋心が暴走する衝撃の恋愛サスペンス。

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女友達への愛が暴走し狂気に変わる……衝撃のサスペンス

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朝倉かすみ

北海道生まれ。北海道武蔵女子短期大学卒業。二〇〇三年「コマドリさんのこと」で第三七回北海道新聞文学賞、〇四年「肝、焼ける」で第七二回小説現代新人賞を受賞。著書に、『田村はまだか』(第三〇回吉川英治文学新人賞、光文社)、『満潮』(光文社)、『てらさふ』(文藝春秋)、『植物たち』(徳間書店)、『平場の月』(第三二回山本周五郎賞、光文社)などがある。

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