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英語で伝えるということ

2019.05.28 更新

Discovering a new “me” through English

英語を話すと見つかる、新しい私飯田まりえ

(写真:iStock.com/splendens)

日本に一時帰国中、家族や友人の前で英語を話すと、必ず指摘されることがある。「声がきつい」「気が強そう」「日本語で話していると柔らかい印象だけど、英語になると歩き方までが大きくなって、怖いよ」。ここまで言われると、いささかショックである。もちろんこうした変化は、私だけに起こることではない。日常的に英語を少しでも使う人の英会話を聞いていると、日本語を話すときより声が低くなっていることが多い。けれども変わるのは、どうやら声のトーンだけとは限らないようだ。

 

翻訳の仕事仲間と、東京都内にある大手会社を訪問したときのこと。彼は私と同じ典型的な帰国子女だが、育ったのはアメリカではなくイギリス。そしてまた彼も、馴染みのない日本社会の習わしや作法に、コンプレクックスと憧れを抱いていたのだろう。打ち合わせ中、私達は「恐れ入ります!」などと必要以上に連呼しながら平伏し、失礼がないか終始ヒヤヒヤしていた。それが打ち合わせ後、二人きりになると会話は自然と英語になった。私が「態度の大きいアメリカ人」に変わるのに対し、彼の話し方や仕草は、どこか英国王室御用達という感じである。先ほどの落ち着きのなさとは一変し、彼の声はぐっと低くなり、顎に添える指先まで気品あふれる英国紳士と化した。目を瞑(つぶ)れば、それこそベネディクト・カンバーバッチなどと話しているような気分になるので、面白いというか、ずるい。

私が英語だけの世界にポンと放たれたのは小学一年生のとき。誰とも意思疎通できず、休み時間は校庭の隅っこで、うずくまるように身を潜めていたのを覚えている。そんな私は、いつから英語を話すようになったのか。小学校の同級生であったヒラリーが、手を大きく動かしながら話す姿。初めてのアメリカ人の先生であったロビンの、眉(まゆ)のひそめ方。同じ中学校に通っていたレイチェルの、何かに呆れた度にくるくる回る大きな目。日本語の教材などを通して英語を学ぶことができなかった私は、アメリカ人の声のトーンや表情を真似することで、徐々に言葉と、その言葉を使うべき状況を掴んでいったのだと思う。こうしているうちに、それまで存在しなかった「新しい自分」が形成されていた。

インディペンデント・スピリット賞
のパーティで寺島しのぶさんの通訳を担当したときの写真。セレブを待ち構える、この報道陣の数!!

通訳の仕事の現場でも、「普段とは違う自分」がよく現れる。いつもの私は、どこか消極的になりがちだ。けれども著名人の自信に満ちた言葉をあたかも自分の言葉のように通訳していると、思いがけない勇気や度胸が出てくる。自分のものではない言葉や仕草というのは、どうしてこんなにも自由な気持ちにさせてくれるのだろう。

いつも何気なく使っている言葉には、少なからずパターンや癖がある。それらが固定化されるにつれ、思考回路までも狭まってしまうことがある。通訳という仕事の醍醐味は、他の人だけではなく、自分自身の考え方や、言葉の選び方により敏感になれることかもしれない。新しい言語を学ぶこと、文化の違いを意識しながらコミュニケーションをとることはとても難しい。でも、相手に自分の考えを伝えようともがいているうちに出てくる表情や動きが、新しい自分を呼び起こしてくれる気がする。

そして苦労して何かを伝えた先には、ちょっとした喜びもある。自分の言ったことが理解されると、相手は下唇を突き出し、ゆっくり首を縦にふりながら、こう言うかもしれない。Huh, I never thought of it that way before.「へえ、そんな風に考えたことなかったな」固定観念が少しだけ揺るぎ、閉ざされた考え方に、風が通る。小さなことではあるが、私はこの言葉にいつも救われている。国の情勢や視点が排他的になりつつあると言わざるを得ない現代のアメリカで聞くと、ふと、希望が持てる言葉だ。

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世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。

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飯田まりえ

2006年ニューヨーク大学卒業。卒業後は東京都内の独立系映画製作会社に就職し、黒沢清、新藤兼人、鈴木清順、ミーラー・ナーイル、ジム・ジャームッシュを始めとした国際的な映画製作者の脚本の翻訳を担当する傍ら、通訳者としての実績を積む。2007年から米国の大手美術出版社 RIZZOLI NEW YORK の要請を受け編集、翻訳業務に携わり、建築、美術、映画、デザイン、写真、ファッションを含む多くの書籍を手掛ける。2011年コロンビア大学大学院卒業。卒業後はニューヨークにてフリーランスとして通訳、翻訳業を開始。現在は拠点をロサンゼルスに移し、映像作家の夫とともにテレビ番組等の脚本も執筆中。来年2020年には、共同で英訳している高村薫著作の『レディ・ジョーカー』がSOHO PRESSより出版予定。

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