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英語で伝えるということ

2019.06.28 更新 ツイート

A reunion in New York

マンハッタンの友人飯田まりえ

長年住んでいたニューヨークのアパートを引き払い、最近ロサンゼルスに住み始めた。同じアメリカでも、それぞれの地域のコミュニケーションのスタイルがある。例えば、ニューヨークのスーパーのレジ係はぶっきらぼうで、お客であるこちらが声をかけるのも申し訳なく感じることがよくあるが、ロスの店員は違う。レジに並ぶといきなり「元気にしてる? 最近どう? 今週末の予定は?」といった古い友達同士のような質問責めにあう。

 

ロスの仕事の同僚たちは、風になびくリネンの白い服を軽やかに着こなし、よく焼けた肌を演出するサンダルは、オフィスよりもバカンス向きだ。通訳という職業にこだわって、わたしはロスでもよく黒い(暑苦しい)スーツを着る。それでもいつもより高い声で「ハーイ!」と陽気に挨拶してみるのだが、ロスの人たちの素直な笑顔やあついハグには、いつも押され気味だ。

そんな中、今月二週間ほど仕事でニューヨークに行くことになった。空港を出ると雨が降っていた。タクシーの窓の外、どんより雲の下に広がる大都会を眺めながら、一緒に来ていた主人がボソッと「現実に戻った感じだな」とつぶやいた。

翌日はとある出版会社のパーティーに出席するため、14丁目のユニオンスクエア駅に向かった。マンハッタンを見渡せる広いバルコニーが自慢の出版社であったが、その日はあいにくの大雨。おかげでオフィスのせまい廊下には、翻訳家や作家、編集者がひしめき合っていた。その中をかき分け、翻訳家たちのグループに入ってみる。すると、「ロスはどうだい?」と、ニットベストとネクタイに、メタルフレームのめがねを光らせたロシア語翻訳家がわたしに訊いた。ニューヨークとロスはちょっと雰囲気が違うよ、と答えると、彼は「ふっ。ちょっとじゃないだろ」と返してきた。

ニューヨーカーの会話は、皮肉がスパイスだ。ロスのような穏やかな天候に恵まれることが少ないこの都市では、なにごとからも一歩身を引いて、シニカルなユーモアで乗り越える必要があるのかもしれない。ニューヨークを舞台とした映画やテレビのワンシーンのような上手い切り返しができればといつも思うけれど、これがなかなか難しい。少し考えて、とりあえず、「まあ、ロスはsunny hell(お天気な地獄)という感じかな」と私が意味もなく毒づいてみると、彼は嬉しそうにニヤっと笑い、ワイングラスを片手に去っていった。

その日の夕食は、大学時代からの友人と久しぶりに再会した。気心の知れた彼女とは、まるで前回から楽しみにしていたお互いの人生の物語の続きを語り合うように、いつでも会話が弾む。彼女は恋愛や仕事、そして時にとてつもなく狭く、寂しく感じるマンハッタンでの生活について話してくれた。わたしは東京からニューヨーク、そしてまたロサンゼルスといったそれぞれの土地での生活の難しさや、人との関わり合いについて相談した。しばらく黙って聞いていた彼女は、ため息をついて、うん、分かるよ、I feel you、と答えた。

どこで暮らしていても、変わらない友人の言葉や話し方は心に響く。「あなたの気持ちが分かる、理解できる」という意味で、I understandや I see という表現も、もちろん間違いではない。でも、それらよりもどこか温かい、より距離の近い I feel you という彼女の言葉選びが、なんだかその日は嬉しかった。

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英語で伝えるということ

世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。

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飯田まりえ

2006年ニューヨーク大学卒業。卒業後は東京都内の独立系映画製作会社に就職し、黒沢清、新藤兼人、鈴木清順、ミーラー・ナーイル、ジム・ジャームッシュを始めとした国際的な映画製作者の脚本の翻訳を担当する傍ら、通訳者としての実績を積む。2007年から米国の大手美術出版社 RIZZOLI NEW YORK の要請を受け編集、翻訳業務に携わり、建築、美術、映画、デザイン、写真、ファッションを含む多くの書籍を手掛ける。2011年コロンビア大学大学院卒業。卒業後はニューヨークにてフリーランスとして通訳、翻訳業を開始。現在は拠点をロサンゼルスに移し、映像作家の夫とともにテレビ番組等の脚本も執筆中。来年2020年には、共同で英訳している高村薫著作の『レディ・ジョーカー』がSOHO PRESSより出版予定。

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