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英語で伝えるということ

2019.09.28 更新 ツイート

My connection to Japanese language

日本語への想い飯田まりえ

先日、ふと自分の書棚を眺めると、大好きな小説や雑誌のコレクションのほかに、なかなかの数の実用書があることに気がついた。しかも、それらはどれも日本語を書くための手引きである。「ビジネスメール全文例」、「上流の日本語」、「日本の大和言葉を美しく話す」。こういったタイトルは、日本で暮らしていない日本人である私の不安をかき立てるため、つい買い込んでしまう。

アメリカを拠点に仕事をしていると、海の向こうで私の日本語のメールが日本人の相手にどう読まれているのか、気になるのだ。社会人として日本で暮らした経験が浅いため、拙いメールを送って、こんなことも知らないのかと、仕事をする権利と一緒に日本人としての市民権まで取り上げられてしまうような恐怖がある。

そんな調子で、今朝も試行錯誤しながら日本語のメールを書いていると、通訳の仕事の依頼を受けていたアメリカ人の同僚からメールの返信が届いた。スケジュールが合わなかったため、彼女には丁重にお断りし、お詫びのメールを送ったばかりだったのだが、それに対しての彼女の返事は、「No worries!」である。なんてシンプルだろう。

 

アメリカの手紙には、季節の挨拶や、結びの言葉といった形式がない。でもアメリカ人が筆不精であるかといえば、以外にそうでもないのだ。品揃えの悪い近所のスーパーでも、なぜかカードのコーナーだけは、いつでも様々な用途や相手に適した色とりどりのカードが備わっている。そして、友人や家族、仕事相手から最もよくもらうのが、Thank you cardだ。礼状というにはあまりにもカジュアルな印象のカードを開くと、 あなたがいてくれて良かった、私にとってかけがえのない人だわ、などと素直なメッセージがサラッと書かれている。

(写真:iStock.com/artisteer)

持っている実用書の中に、谷崎潤一郎の『文章読本』(中央公論新社)という文庫本がある。実用的な文章と芸術的な文章の違いについて谷崎は、このように語っている。「文章の要(かなめ)は何かと云えば、自分の心の中にあること、自分の云いたいと思うことを、出来るだけその通りに、かつ明瞭に伝えることにあるのでありまして、手紙を書くにも小説を書くにも、別段それ以外の書きようはありません。」

私の場合、自分の心の中にあることを伝えるために必要な言葉が、英語の時もあれば、日本語の方がしっくりくる時もある。「あなたに会えなくて寂しい」とは書けなくても、「I miss you」となら伝えられる。「I’m sorry」では言葉が足りず、「申し訳ない」と言いたくなる。

肩肘張らない英語の手紙も良いけれど、端正な日本語のメールや手紙を受け取ると、やはり嬉しいものだ。私にとって日本語は、どんなに遠く離れていても、日本の社会や歴史、日本人としての意識や思想に、自分をつなぎとめてくれるものである。日本で暮らしていない日本人にとって、これほど大切で、愛しいものはない。

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世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。

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飯田まりえ

2006年ニューヨーク大学卒業。卒業後は東京都内の独立系映画製作会社に就職し、黒沢清、新藤兼人、鈴木清順、ミーラー・ナーイル、ジム・ジャームッシュを始めとした国際的な映画製作者の脚本の翻訳を担当する傍ら、通訳者としての実績を積む。2007年から米国の大手美術出版社 RIZZOLI NEW YORK の要請を受け編集、翻訳業務に携わり、建築、美術、映画、デザイン、写真、ファッションを含む多くの書籍を手掛ける。2011年コロンビア大学大学院卒業。卒業後はニューヨークにてフリーランスとして通訳、翻訳業を開始。現在は拠点をロサンゼルスに移し、映像作家の夫とともにテレビ番組等の脚本も執筆中。来年2020年には、共同で英訳している高村薫著作の『レディ・ジョーカー』がSOHO PRESSより出版予定。

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