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英語で伝えるということ

2019.04.28 更新

Interpreting for Marie Kondo on The Late Show with Stephen Colbert

こんまりさんがスティーヴン・コルベアのレイトショーに出たときのこと飯田まりえ

アメリカの人気トーク番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」の収録は、ニューヨーク市マンハッタンの西53ー54丁目にある劇場、エド・サリヴァン・シアターで毎晩行われている。アメリカ人であれば誰もが知っている番組の劇場前には、夜になればいつでもファンや旅行者の人だかりができている。

 
CBS放送の「ザ・レイトショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」。コメディアンであるコルベア氏の皮肉たっぷりのトークとツッコミが人気のレイトショー。

裏口から劇場に入り、収録に使われるメインステージの地下へと続く階段を降りていく。細い地下通路をしばらく歩くと、Elephant columns(象の柱)と記された一本の木柱が現れた。この柱は1956年、アメリカのバラエティ番組の代名詞となったエド・サリヴァン・ショーに人気サーカス団が出演した際、一緒に登場する象の重量を支える為にステージの下に設置されたものだ。現在のレイト・ショーの司会にコメディアンの スティーヴン・コルベアが抜擢されると同時に劇場も大幅に改築され、この柱はその時に見つかったそう。

象の柱(ELEPHANT COLUMNS)。1956年6月29日のエド・サリヴァン・ショーで設置されたと書いてある。

マンハッタンの古い建築物の奥底には、様々な歴史が眠っていることがよくある。そして今夜、この柱の向かい側にある部屋が、Marie Kondo こと近藤麻理恵さん専用の控え室だ。

麻理恵さんの控え室のモニターに、スティーブン・コルベア氏が映る。
ハリウッドセレブから政治家まで、ゲストによって使われている控え室

私が麻理恵さんに初めてお会いしたのは、三年前だろうか。大学院卒業後、私がニューヨークで通訳と翻訳の仕事をしていた頃、麻理恵さんの講演会の通訳を勤めさせていただいた。当時、麻理恵さんの著書『人生がときめく片付けの魔法 “The Life-Changing Magic of Tidying Up” 』はすでに世界的なベストセラーであったが、昨年2018年のNetflixの番組の大反響をきっかけに、彼女の片付け術はアメリカで社会現象となった。今までアメリカ人の友達は、私の仕事に興味を示すことはあまりなかったのだが、最近は「こんまりさんの通訳」と言うだけで、みんな目を輝かせて片付けの経過報告を始めるので、少々困っている。

“the life-changing magic of tidying up” Marie Kondo, TEN SPEED PRESS BERKELEY 

さて、逐次(ちくじ)通訳というものは人形浄瑠璃の黒衣(くろご)の如(ごと)く、話者のすぐ後ろに寄り添って登場することが多い。しかし今回の収録では、麻理恵さんが一人でステージに登場する演出であったため、私は司会のデスクの隣にあるソファーに座って待つよう指示され、とても心細かった。ステージに先に上がると、吹き抜けのドーム型の天井いっぱいに、プロジェックションマッピングで投射された映像が万華鏡のように飛び交っていた。バンドの生演奏が鳴り響き、それと競い合うかのように大きくなる観客の大喝采が、私の胸の高鳴りをかき消した。

麻理恵さんを待つ間、私はまもなく対峙(たいじ)するスティーヴンの姿をちらっと横目で確かめた。テレビの中の彼の印象は、黒縁(くろぶち)メガネのインテリおじさん。しかし、生で見る彼は背が高く、艶(あで)やかで美しいスーツに身を包み、冷戦時代のアメリカのニュースキャスターの渋さを彷彿とさせる。いや、見惚れている場合ではない。レイトショーの司会はみな、早口で頭も切れる。収録と言っても、結局は一発勝負なのである。

スティーヴンは冒頭で、なぜ麻理恵さんの片付け法がアメリカ人に愛されているのか質問した。皆さんは片付けだけでなく、心の中のモヤモヤにも悩まされているからです、という麻理恵さんの答えの「モヤモヤ」に、私は彼女の著書の英語版によく登場するClutter という単語をあてはめた。英語版の翻訳者である平野キャシーさんは、麻理恵さんの「ときめき」という概念をSpark Joyと見事に訳した方であるが、心が乱れることや、物があふれた状態を表すClutterも、麻理恵さんの片付け法を特徴付ける言葉である。

そしてもう一つヒントになったのが、麻理恵さんの佇(たたず)まいそのものだった。この番組に登場する著名人は大概、司会者との対談中、彼を「スティーヴン」と気さくに名前で呼ぶ。麻理恵さんの答えを訳す時、私が「スティーヴン」と一声かけたのは、彼の目をしっかりと見つめ、同等の立場から日本語で話しかける麻理恵さんの姿に合っていると感じたからだ。

コメディアンと通訳者に求められることは、似ているのかもしれない。社会のあらゆる出来事の行間を読み、文脈を捉え、言葉を引き出す。最後にスティーヴンは麻理恵さんに、たとえあなたの話す言葉が分からなくても、あなたに通訳がついていなくても、私はあなたのカルト教団でもどこにでもついて行きます、と伝えた。もちろんジョークであるが、アメリカにおける麻理恵さんの定評と、彼女の言語を超えた魅力をしっかりと印象付ける表現であったと思う。

 

収録を終え迎えの車に乗り込むと、外はすっかり暗くなっていた。実はその日、私も スーツを着ていた。映画「アニー・ホール」のダイアン・キートンでも目指していたのかもしれないが、収録後にはシャツとネクタイが冷や汗でクタクタになっていて、車の窓に映る私の姿は疲れたサラリーマンそのものだった。

芸能人から政治家まで多様なゲストを相手に、毎晩スーツにシワひとつ寄せずトークを展開しているスティーヴンには、完敗を認めざるを得ない。

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英語で伝えるということ

世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。

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飯田まりえ

2006年ニューヨーク大学卒業。卒業後は東京都内の独立系映画製作会社に就職し、黒沢清、新藤兼人、鈴木清順、ミーラー・ナーイル、ジム・ジャームッシュを始めとした国際的な映画製作者の脚本の翻訳を担当する傍ら、通訳者としての実績を積む。2007年から米国の大手美術出版社 RIZZOLI NEW YORK の要請を受け編集、翻訳業務に携わり、建築、美術、映画、デザイン、写真、ファッションを含む多くの書籍を手掛ける。2011年コロンビア大学大学院卒業。卒業後はニューヨークにてフリーランスとして通訳、翻訳業を開始。現在は拠点をロサンゼルスに移し、映像作家の夫とともにテレビ番組等の脚本も執筆中。来年2020年には、共同で英訳している高村薫著作の『レディ・ジョーカー』がSOHO PRESSより出版予定。

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