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MTVが教えてくれたこと

2019.05.22 更新 ツイート

MVで読み解くヒップホップ(3)

ヒップホップが爆発的に広がった2つの理由Kダブシャイン/横川圭希

第3回は、現地のMTVでもブラックミュージックのMVがどんどんかかるようになった80年代半ば以降のお話。儲かるとわかってからは、MTVが積極的にかけたヒップホップ。中でも、とある番組が、人気を後押ししたそう。そして、ヒップホップの作り手側にも変化があったようです。
(写真:岡本大輔  構成:幻冬舎plus編集部)

ホワイトマーケットにもアプローチしたRun-D.M.Cの「Rock Box」

Kダブ  それで、MTVが80年代半ば以降、どう変わっていくかの話になります。マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」(1982)、「Beat It」(1982)、「Thriller」(1982)で味をしめて、MTVでかかるMVは、他のアーティストもみんな並んで踊るようになっていた。シンディ・ローパーもそうだし、パット・ベネターとかも踊ってたじゃないですか。

横川  踊ってた踊ってた。

シンディ・ローパー「Girls Just Want to Have Fun」(1983)。女の子はただ楽しみたいだけ…懐かしく、かわいすぎるシンディ・ローパー。
 

Kダブ  でしょ。5~6人後ろで踊りながら。それはもう、踊るのが新しいスタンダードになったんじゃないですかね。それにプリンスも普通にかかるようになった。

アメリカの音楽シーンでも、MTVというフォーマットで、白人ではなくて、黒人だったりラテン系だったりのアーティストが少しずつかかるようになった。それが1982年~84年ぐらい。

僕がアメリカに行った85年にはもう、プリンスやマイケル・ジャクソンよりも目立ってないブラックアーティスト――デビュー当時のホイットニー・ヒューストンとか、あと一発屋だったけどレディ・フォー・ザ・ワールドとか――ビルボードでトップ20に入るようなブラックアーティストのビデオは、もう普通にローテーションでかかるようになっていました。

でもそれより前に俺は、日本で「ベストヒットUSA」を見てたから、それが当たり前だと思っていたけど、後から聞くと、どうやらアメリカではそういう流れがあったみたいですね。

横川  チャンネルは他にもありましたね。VH1(※)とか。あれは棲(す)み分けなんですか?

(※Video Hits One  ニューヨークのケーブルテレビチャンネル)

Kダブ  VH1は、当時の80年代は、カントリーとフォークに近いロックをやっていて。まあだからMTVが若者向けだとしたら、VH1は……

横川  年代が上、みたいな。

Kダブ  クロスビー、スティルス&ナッシュとか聞いてたような人たち向けの、やさしいロックのステーションだったんですよね。

クロスビー、スティルス&ナッシュの1stアルバム「Dj Vu」(1970)。フォーキーでポップなウエストコーストロック。

横川  それで、85年、86年って言ったら、もうRun-D.M.C(ラン・ディーエムシー)が席巻していたじゃないですか。その頃にはKダブさんはアメリカにいたわけですよね?

Kダブ  Run-D.M.C.のビデオは、最初にMTVでかかったのが「Rock Box」(1984)ですね。ある意味、マイケルやプリンスの恩恵を得ていたと思う。ロックに近いラップだから、これならかけられるよねってことでローテーションに入ったんじゃないかな、と思うんですよね。

Run-D.M.C.「Rock Box」(1984)。ミリオンヒットを広くした1stアルバム「Run-D.M.C」に収録。

横川  生楽器が入ってロックっぽい。

Kダブ  ロックギターが入ってるところが、やっぱり曲としてロックマーケットにもアピールするっていう感覚が制作側にあった。そういうアプローチを選んだのがRun-D.M.C.のやり方だったんだろう、と俺は見てるんですけど。

あのMVは白黒なんだけど、あえてマンハッタンのパンククラブを舞台にしてるんですよ。そこに客が待ってて、Run-D.M.C. が到着して、ライブやる。盛り上がる。という内容ですよね。

それで特徴的なのはお客さん。顔をよく見ると、全部が黒人じゃない。白人もラテン系も黒人も全部入り混じってる客たちなんですよね。

で、ずっとRun-D.M.C.を目で追いかけている、革ジャンを着た白人の少年がいるんですよ。「ああ、Run-D.M.C.カッコいい」って、ビデオも白人の子どもの目線でずっと追っかけてる。それで、ジャム・マスター・ジェイがその子に対して「俺らカッコいいだろ」ってウィンクをするのね。

そこで、「もう俺たちは、黒人のためだけに音楽を作ってるんじゃなくて、白人も黒人もいろんな人種に向けて音楽作ってるし、白人の子どもでもカッコいいと思ってることをやってるんだぞ」という内容のビデオを作ってるんですよ。

白人が入ってきやすいように、Run-D.M.C.を好きになりやすいように、ちゃんと演出してるんだな、というのも、今見るとよく分かるんですよ。

横川  ああー。

Kダブ  このMVは俺は昔から見てはいたけど、そこまでそういう目で見てなくて、ただただ、Run-D.M.C.カッコいい、首がクルクル回ってるみたいな感じだったけど、見直してみたら、ああ、そうか、オーディエンスがそうだなとか思いましたね。

横川  そういうのの少しあと、もっとヒップホップがゴリゴリになった頃に聞いたのが、僕らなんかだと、パブリック・エナミーの「Fight The Power」(1989)なんですよね。

パブリック・エナミー「Fight The Power」(1989)。この曲の詳細は、連載第9回でどうぞ。

Kダブ  でもね、Run-D.M.Cとかビースティ・ボーイズが出るまでは、ラップのリリースは年に2~3枚アルバム出ればいいぐらい。ラップのLPなんか全部で10作品ぐらいしかなかったから、他にも聞くものを探してた。ピーター・ガブリエルのストレージ・ハンマーとかゴドレイ&クレームとか、ああいうビデオも見て、カッコいいなと思って聞いてましたよ。

俺もその時すでにラップ好きだったけど、ラップだけに生きるという感じにはまだなってないから、目に入るもの、吸収できるものは全部聞いてた。ボン・ジョヴィとかも全然聞いてたし。Run-D.M.C.と同じタイミングに、ボン・ジョヴィの「シャウト トゥザハート♪(Shot through the herat)」って。

横川  『You Give Love a Bad Name』(1986)(笑)

ボン・ジョヴィ「You Give Love a Bad Name 」(1986)。邦題は「禁じられた愛」。3rdアルバム『Wild In The Streets(原題 Slippery When Wet)』からのシングルカット曲。売れました……。

Kダブ  その頃ジャネット・ジャクソンの「Control」(1986)も流行ってて。けっこう好きで見てた。だってRun-D.M.C.だけリピートして、そんな何回も見ないじゃないですか(笑)。

88年とローカルがカギ

横川  で、パブリック・エナミーですよ。僕らだとどうしても、ブラックミュージック→ヒップホップ→パブリック・エネミー「Fight the Power」って思っちゃうんですよね。

Kダブ  確かにヒットしたんですよ、曲として、シングルとしてヒットして。おそらくパブリック・エナミーがアメリカ人の記憶に残ってるのは、この曲の功績が大きいと思う。

横川  しかもスパイク・リーの出身がニューヨークの……

Kダブ  ブルックリンですよね。ブルックリン、今日もかぶって来ましたからね。

横川  さすが(笑)。こういうところ合わせてくるのがラッパー。

Kダブ  パブリック・エナミーのビデオが出たのが89年じゃないですか。ビデオの冒頭で「ナインティ・エイティ・ナインーー」って言ってる。主題歌なので、ちょうど映画『ドゥー・ザ・ライト・シング』の公開のタイミングですね。で、その前年の88年っていうのはヒップホップにとっても実はエポックな年だったんです。

88年に「MTVラップス」っていう、MTVの中でヒップホップの番組が始まったんです。その経緯をたどると、まずヨーロッパで先に特集したものが当たって、ああ、ヨーロッパでも当たってるよ、うちでもやらなきゃ、といってアメリカがやり始めた。

横川  ラップはヨーロッパが先なんだ。

Kダブ  そう。イギリスとかのほうが先。やっぱりアバンギャルドなものに食いつく感じは、イギリスのほうが早いじゃないですか。パンクも流行ってたし。

横川  ああ、それでレゲエがスカになったように……。

Kダブ  そうそう、ジャマイカからのレゲエを、スティングやカルチャー・クラブがポップ化させたじゃない。

ああいう感じでヒップホップも最初はイギリスで流行って、イギリスのMTVが特集したのをアメリカが知って、うちもやらなきゃまずいっていう流れになって始まったんですよ。

でもそれがいざ始まったら、まずパイロット版で30分くらい放送した途端、爆発的に視聴率がよくて。じゃあ、これ毎週やろう、レギュラーにしていこうといって、そこから3~4年のあいだに、ヒップホップのファンがどんどん全米に増えていくっていう状況を助けたのも、MTVだったんですよね。

だから、マイケル・ジャクソンとかプリンスとか、リック・ジェイムスのビデオもかけてなかったのに、いつのまにか、MTVがヒップホップを後押ししてた。

結局、その「YO!MTVラップス」という番組が、ヒップホップを、ニューヨークだったものから、ネーションワイドの全米レベルなものに持っていったという。

横川  なるほど。その「MTVラップス」は、ラップの音楽をかけるだけだったんですか?

残念ながら正式動画がないので、画像はこちらのサイトから。2018年には、30周年を記念し一夜限りのスペシャルイベントが行われたそう。

Kダブ  巷に出始めたヒップホップのビデオを、30分とか1時間にキュッとまとめてた。

あと司会が、初期からヒップホップにいた人で、それがていねいにヒップホップを紹介する。ファブ・5(ファイブ)・フレディっていうワイルドスタイルの主人公を案内役にして、ヒップホップの世界を紹介しよう、という番組だった。

横川  やっぱ、ちょっと気が利いてるね。

Kダブ  気が利いてるんですよ。

横川  日本で作るより。

Kダブ  ファブ・5・フレディがそれぞれの土地に行って、その土地のラッパーの話を聞きながら近所の様子も見せて、周りのキッズとかがどういう反応してるかっていうのも徹底的に見せる。

横川  じゃ、その頃からローカルを分かってたんだ。

Kダブ  もちろん、もちろん。ローカルって、ブルックリンだ、クィーンズだ、ブロンクスだってレベルだけどね。ニュージャージーとか。

横川  あそこも一括りでニューヨークってつないでおくほうが、ヒップホップにはとても重要でしょ?

Kダブ  まあね。まあでも結局、集まるところはマンハッタンだったりしたんだけど、ライブやるところやレコード会社もやっぱりマンハッタンだから。

横川  でもレペゼン(※)ってそういうことでしょ、中心のマンハッタンに行って、俺はブルックリンだぜ、とか。

(※ represent =代表する の略。出身地域をアイデンティティにするヒップホップ用語)

Kダブ  当時、たぶんRun-D.M.C.もそうだけど、近所のやつとラップグループを組んで始めるやつが多かった。だからそいつの家に行って、周りに住んでるやつとか、昔いたやつがたまたま通りかかったりすると、「ウオー」って声をかけり。そういうのがあると、見てるほうは、よりヒップホップを実感できたし。

やってる側も、俺たちがやってるのはこういうものだっていうのをちゃんと知らしめてる、という関係ができていたんですよね。その「YO!MTVラップ」で。

それで最初は1週間に1回だった放送が毎日になって、朝と夜で再放送もやって、でさらにリピートもやるみたいな。それで一年中見れるようになっちゃった。

88年から93年ぐらいのあいだに、そうやってガラッとアメリカ音楽シーンとヒップホップの世界が変わったんですよね。

(第4回へ続く)

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MTVが教えてくれたこと

1981年8月1日午前0時に「観る音楽」の文化を作り出し、熱狂を巻き起こした音楽番組MTVは始まった。CM→MV(ミュージック・ビデオ)→映画監督という流れができ、あらゆる映像技術がMVで試されて行ったあの時代を振り返る。

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Kダブシャイン

1968年東京生まれ。日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわるラップスタイルが特徴。キングギドラ(KGDR)メンバー。日本人MCとしては「児童虐待」「シングルマザー」「麻薬」「国家」「AIDS」など様々な社会的トピックを扱う数少ないMCとして知られる。その洗練された文学的な韻表現と社会的な詩の世界は、メディアで高い評価を得ている。スペースシャワーTVで放送中の「第三会議室」は根強い人気。

横川圭希

1966年生まれ。映像作家。ギタリスト。「ベストヒットUSA」などの音楽番組やMV制作にかかわる。震災直後からは東北の被災地や福島に入り取材と記録を継続。原発事故で環境中に大量に振りまかれた放射性物質から子供たちを守る「オペレーション・コドモタチ」発起人。市民メディア「confess」で映像配信、映像制作などを行っている。twitter:@keiki22 https://www.facebook.com/ConfessTokyo

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