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MTVが教えてくれたこと

2019.05.08 更新

MVで読み解くヒップホップ(1)

高校生のKダブシャインとMTVの濃厚な出会いKダブシャイン/横川圭希

今回は、特別ゲストにKダブシャイン氏が登場。中学で「ベストヒットUSA」にはまり、高校中退後に渡米、80年代半ばからMTVや現地のヒップホップカルチャーにまみれていたKダブ氏。そんなKダブ先生に、この連載の主・横川圭希が、ブラックミュージックとPVの歴史、映像に込められた政治的、社会的、文化的な背景の読みとき方を訊(き)く対談。
いつものテクニカルな要素とは違った角度から見る映像の世界を、どうぞご堪能あれ。
(写真:岡本大輔 構成:幻冬舎plus編集部)

 

Kダブシャイン氏(左)と横川圭希。懐かしくて細かすぎる音楽ネタは尽きず。

中学で「ベストヒットUSA」、渡米してから現地でMTV漬けだった

横川 この連載で、僕、ミュージックビデオについて書いているんですけど、ヒップホップやブラックミュージックって、どうしても、リリックとカルチャーとPVのストーリーみたいなものがリンクしているものが多すぎて、解説するにはちょっと僕の手に余るなと思っていて。

誰かに訊(き)くか、書いてほしいと思ったら……あ、Kダブさんしかいないな日本ではと思って、今回、お声がけしました。

Kダブシャイン
1968年東京生まれ。日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわるラップスタイルが特徴。キングギドラ(KGDR)メンバー。日本人MCとしては「児童虐待」「シングルマザー」「麻薬」「国家」「AIDS」など様々な社会的トピックを扱う数少ないMCとして知られる。その洗練された文学的な韻表現と社会的な詩の世界は、メディアで高い評価を得ている。スペースシャワーTVで放送中の「第三会議室」は根強い人気。

Kダブ  僕もミュージックビデオはけっこう人一倍見ていたほうですね。アメリカに行った時も、テレビもドラマのセリフとか全部は分からないから、ついMTVを見ちゃうわけですよ。ミュージックビデオに毎日を捧げる時期が半年間ぐらいあって。自分のライフワークでしたね。

 

横川  アメリカには何年頃に行ってらしたの?

Kダブ  最初に行ったのは1985年ですね。

横川  Run-D.M.C.(ラン・ディーエムシー)がすごかった頃?

NY出身のヒップ・ホップグループRun-D.M.C.の大ヒット2ndアルバム「King Of Rock」(1985)。1stアルバムの「Run-D.M.C」はミリオンヒットを記録。ロック要素を入れ、これまでラップを聞かなかった層をも魅了した。

Kダブ  まだその頃はニューヨークだけかな。渡米した年にMTVで流行っていたのは、ダイア―・ストレイツの「Money For Nothing」(1985)。あれがオンエアもヘビーローテーションされていたし、その年に始まったMTVアワードででも最優秀ビデオ賞()を取っていた記憶がありますね。

(※1986年のMTV Video Music Awordで11部門にノミネート、最優秀ビデオ賞、最優秀グループビデオ賞の2部門を受賞)

ダイアー・ストレイツ「Money for Nothing」(1985)。「MTV出て、ギター弾いて、苦労せずに金が入ってよ、あんなの仕事じゃないぜ」とMTVスターを皮肉った曲。

横川  あれはスティーブ・バロンですよね? マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」とか、A-ha の「Take On Me」のPVを作った。あのエフェクト(音声や画像の加工処理)は特徴的ですよね。僕の連載は、毎回、そっちの技術的なことを中心に書いているんですけど……。

Kダブ  そうですよね。もともとが技術屋さんですよね。「ベストヒットUSA」にずっと関わっていたじゃないですか。「ベストヒットUSA」ってMTVに比べて、人種は分け隔てなくMVを流していたイメージがありますね?

横川  そうです。あれはラジオ&レコーズという、全米のラジオ局でどれだけ流れたかというエアプレイ回数のチャートが元になっているんです。日本でいうと、J-WAVEのTOKIO100のような感じですね。

Kダブ  だからこれは想像だけど、僕が85年当時にアメリカにいた頃よりも、日本にいたほうが、ライオネル・リッチーのビデオとかいっぱい見れていたんじゃないかと思うんですよね。

横川  確かに。ライオネル・リッチーは日本で異常に流れていましたよ。

Kダブ  全編ちゃんとビデオを流して、小林克也さんが「Hello」のビデオの説明をしたのを聞いたとき、俺、泣きそうになってたからね(笑)

横川  懐かしい曲が出てくる。小林克也さんは「音楽を紹介することはジャーナリズムだ」と思っていて、それは口酸っぱく言われましたね。

Kダブ  そうでしょう? ただ紹介するだけならレポーターでしかないですから。

横川  じゃあ、話を戻すと、Kダブさんは、ビデオに関しては白人のビデオから入っているってこと?

Kダブ  81年にスタートした「ベストヒットUSA」と、中学に入った年がちょうど一緒で。それまで邦楽とか歌謡曲中心に聞いていたけど、中学になってから、急に洋楽に切り替えましたね。

毎週土曜日に放送している「ベストヒットUSA」を見たり、友達が録ったVHSのビデオを、そいつの家に行って見て、音楽の話をしたりして。

完全にお客さんでしたよね。「ベストヒットUSA」を見て、いいなと思った曲を、タワーレコードへ行って、1300円ぐらいの輸入盤を買う。輸入盤は国内盤の半分の値段だし、匂いもいいし、直接向こうから入ってきた生のものが聞けてるって感じがしたから。完全に洗脳されましたね。

横川  都会っ子ですね。

Kダブ  横川さんたちにやられましたよ。

横川  いやいや俺、まだその頃は、まだ高校生2年くらいですよ。「ベストヒット」に関わり始めたのも、あの番組の終わりかけの90年代ですから。

Kダブ  実は俺とそんな年齢変わらないですもんね。それならブリヂストンの仕業()ですね。

(※「ベストヒットUSA」の提供はブリヂストン)

 

ヒップホップのMVを意識したのは、グランドマスター・フラッシュから

Kダブ  でも考えたら、それまでだってAMラジオとかから流れてくる洋楽は聞いていたけど、ビデオなしだったんですよ。アメリカもMTVができたのは……

横川  1981年。

Kダブ  だからまだ当時はそんなにプロモーションビデオを作る習慣がなかったでしょ?

横川  ないよね。

Kダブ  イギリスの方が先にやっていたんだよね。ビリー・ジョエルとかクィーンとか、ああいう曲もラジオから聞こえてきたけど、プロモーションビデオの存在はまだ全然知らなかったですね。

横川  じゃあ、Kダブさんがブラックミュージックにいくのはいつ頃……?

Kダブ  ブラックミュージックとの出会いは、まず日本で「ベストヒットUSA」を見ていて、プリンスの「1999」(1982)とか、アースウインド&ファイアーの「レッツ・グルーヴ」(1981)とか、マーヴィン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」(1982)とかのビデオを見て、ああ俺なんかこっちのほうが好きなんだな、っていうのが自分の中で分かり始めたくらいの頃ですね。

でも同時にホール&オーツとか、ジャーニーとか、ポリスとかも、死ぬほど聞いていたし、ビデオも好きでしたよ。

横川  ホール&オーツなんかはブルー・アイド・ソウル()ですね、当時で言うと。

(※Blue-Eyed Soul:R&Bやソウルを白人が取り入れた音楽がそう呼ばれたときがあった)

Kダブ  まあね。ポリスなんかレゲエだしね。

横川  レゲエっぽい。それから初めてヒップホップのビデオで意識したのは何なんですか?

Kダブ  初めてヒップホップのビデオ意識したのは、グランドマスター・フラッシュの「The Message」(1982)。これは「ベストヒットUSA」とはまた別の、テレ東の深夜音楽番組で見てたと思う。

グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアスファイブ「The Massage」(1982)。「どこでもガラス割れてるわ、道には麻薬常習者がフラフラしてる」……荒廃した町が歌詞になっている、社会派ヒップホップの草分け

もちろん僕もブリティッシュ シンセポップの、ヒューマン・リーグとかすごく好きだったし、ヒューマン・リーグのビデオを見たいがために、今の渋谷プライムが緑屋って名前だった頃に、そこに入っていたディスクポートというレコード屋に通ってました。

レーザーディスクの映像で、ヒューマン・リーグの「Don’t you want me」とかローリング・ストーンズとかRCサクセションの武道館とかの映像がいつも流れていたのを1時間ぐらい立ったままいつも見てましたね。

ヒューマン・リーグ「Don’t you want you me」(1981)。「俺が力を貸したっていうのに、もう俺はいらないというのかい?」「あたしも自分の道を行くときが来たって思うの」。ストーリー仕立ての有名PVの一場面

横川  へえ。僕はあの当時は、PVが細かく作られていたので、どっちかというとヨーロッパ系、イギリス系の音楽を聴いていた記憶があるなあ。

(第2回へ続く)

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コメント

tadashi aoki  めぽ。高校生のKダブシャインとMTVの濃厚な出会い|MTVが教えてくれたこと|Kダブシャイン/横川圭希 - 幻冬舎plus https://t.co/PY7IoreimB 6時間前 replyretweetfavorite

MTVが教えてくれたこと

1981年8月1日午前0時に「観る音楽」の文化を作り出し、熱狂を巻き起こした音楽番組MTVは始まった。CM→MV(ミュージック・ビデオ)→映画監督という流れができ、あらゆる映像技術がMVで試されて行ったあの時代を振り返る。

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Kダブシャイン

1968年東京生まれ。日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわるラップスタイルが特徴。キングギドラ(KGDR)メンバー。日本人MCとしては「児童虐待」「シングルマザー」「麻薬」「国家」「AIDS」など様々な社会的トピックを扱う数少ないMCとして知られる。その洗練された文学的な韻表現と社会的な詩の世界は、メディアで高い評価を得ている。スペースシャワーTVで放送中の「第三会議室」は根強い人気。

横川圭希

1966年生まれ。映像作家。ギタリスト。「ベストヒットUSA」などの音楽番組やMV制作にかかわる。震災直後からは東北の被災地や福島に入り取材と記録を継続。原発事故で環境中に大量に振りまかれた放射性物質から子供たちを守る「オペレーション・コドモタチ」発起人。市民メディア「confess」で映像配信、映像制作などを行っている。twitter:@keiki22 https://www.facebook.com/ConfessTokyo

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