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藤倉大の無限大∞

2019.03.15 更新

第2回

ガラス破片が埋まったまま。だがピアノは生きている!藤倉大

前回は広島に来る前に書いたんだけど、ここからは広島に来てから書いています。

この河本明子さんとそのピアノの話はネットで調べれば載っているのでここでは細かくは書かない。

河本明子さんはロサンゼルスで日本人の両親の元に生まれ6歳9か月で家族と日本にやってきて、広島に着いた(明子さんの両親にとっては帰国。明子さんにとっては初めて降り立つ祖国)。もう一度、書くが、明子さんにとって、それが初めての日本。アメリカのボールドウィン社製のピアノも一緒だった。

12年後19歳の時に原子爆弾が落とされ被爆。その後、広島市内を長時間かけて歩き、川を泳いで(!)両親のいる自宅に帰り、急性放射線障害で次の日に亡くなった。

一方、ピアノは、爆風で割れた窓ガラスの破片が側面に埋まったままだが、ピアノはまだ生きている。

広島駅から電車に乗って50分。かなり田舎の工房に着いた。ここで僕は初めてこのピアノと対面した。

 

 

3日間このピアノを弾きながらピアノ協奏曲4番「Akiko’s Piano」の一部を作曲する。

このピアノを管理なさっている方、このピアノを修復した調律師の方に長く時間をいただいてお話しをした。

調律師の方は、ギリギリまだ使える部分をそのまま残し、このピアノの持つキャラクターをできるだけたくさん残して見事に修復した。

広島に来る前に書いた前回「被爆ピアノ」と書いた。それも間違ってはいないと思うのだけど、この調律師の方は「明子さんのピアノ」と呼んで欲しい、とおっしゃった。まさに僕の書くピアノ協奏曲4番のタイトル「Akiko’s piano」そのままだ。

明子さんのピアノ。傷だらけで、側面には、爆風で割れた破片がいまだ埋まったまま。

このピアノはかなり古い。そしてアップライトだ。さらに大きなダメージを受けている。だから最高音域は音程が聞き取れるか取れないかぐらいのかそけさで、鍵盤のカタカタ鳴る音のほうがずっと大きい。反対に最低音域はゴングのような音程がはっきりしないゴワーン、ザワーンとした音。どちらも、いわゆる「いい音」ではないが、僕はとても好きになった。

初日、昼1時間だけ新聞の取材が入っていて落ち着かなかったが、その後2日間は昼から晩遅くまでみっちり作曲する時間を取れた。もちろん、このピアノを使って。この工房の周囲にはコンビニもなにもないので、ホテルは工房から2駅の場所に取り、そこから3日間、通った。

初日の早朝から作曲を開始し数小節できたので、昼に取材に来た2社の方に弾いて聞かせた。
が、まったく反応がない。お世辞でいいから「あ、綺麗ですね」くらい言ってくれればいいのに。大人なんだから!

それで次の日ロンドンにいる妻と工房からフェイスタイムしている時に「こんな感じで進んでるけど、どう思う?」と聞かせると「良い感じなんじゃない?」と言ってくれたの少し安心した。


そして3日め最終日。昼ご飯を持ってきてくださった調律師の方に、出来上がった箇所を僕が弾いてみせた。
「このピアノの特徴、音程があまり出ない音域、不安定な音域などをよく上手く生かしましたね」と調律師の方に褒められたのでようやくホッとした。

「明子さんのピアノ」を修復した調律師の坂井原浩さん(右)と、管理なさっている二口とみゑさん


単なるピアノ曲を書きたいがために広島まで来ているわけではない。このピアノをよくご存じの方にそう言っていただけたのは嬉しかった。

ピアノ協奏曲第4番の全体がどんな形になるか現時点でまったくわからないが、曲の最後にカデンツァ(独奏楽器−−この曲ではピアノ−−が伴奏を伴わないでソリスト1人の技量を発揮し演奏する箇所)があり、そこで、この「明子さんのピアノ」を使う予定だ。

スケジュール上、今回3日間しか接することが出来なかったが、僕はなんとしてもこのカデンツァの全部を荒くでいいから、このピアノに接して作り上げたくて超特急で作ったのだった。

もちろんロンドンの自宅に帰ってから、まったく気に入らず、書き直しをする可能性もある。それはわからない。だから最終日にこのピアノ88鍵盤すべての音を録音し、ロンドンでそれらをサンプリング・マシンに入れて自分のキーボードでもその音を取り出して弾けるようにした。

名古屋、広島と短かったけど有意義な一時帰国だった。

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藤倉大の無限大∞

ロンドン在住、41歳、作曲家。これまで数々の著名な作曲賞を受賞してきた藤倉大の、アグレッシブな創作生活の風景。音の世界にどっぷり浸かる作曲家は、日々、何を見、何を感じるのか。

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藤倉大 作曲家

1977年大阪生まれ。作曲家。15歳で渡英し、D・ランズウィック、E・ロックスバラ、G・ベンジャミンに師事。国内外の作曲賞を多数、受賞(2019年は3回めの尾高賞を受賞)。数々の音楽祭、音楽団体から作品を委嘱され、いま「世界で最も演奏される現代音楽作曲家」と呼ばれる。2010年2月「情熱大陸」で特集され大反響。先日、映画「蜜蜂と遠雷」の中の課題曲「春と修羅」を作曲したことが発表されたばかり。http://www.daifujikura.com

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