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藤倉大の無限大∞

2019.07.10 更新

第5回

「春と修羅」(映画『蜜蜂と遠雷』の中の課題曲)作曲のメモ書きから藤倉大

まだまだ映画「蜜蜂と遠雷」の中の課題曲「春と修羅」の話だ。

 


僕はまず「春と修羅」をヴァリエーションでいこうと考えた。

ヴァリエーションとは日本語では「変奏曲」。バリエーションの特徴は一つのテーマ(メロディ)が変化して何回も違う形で出てくるところだ。

 

僕は小説『蜜蜂と遠雷』の中にあった、着飾らない感じの作曲家・菱沼の人柄(案外、素朴だが韜晦の側面がないでもない)にかんする描写が好きだった。

だからテーマは、かなりシンプルな、子供でも弾けるようなものにしたかった。

それが、どんどん急激に、そのメロディも聞こえつつ複雑化していくのがいいな、と思った。

なにせコンクールの課題曲だ。

ピアニストの技量がふんだんに発揮されるものでなければならない。

 

僕が、この映画音楽「春と修羅」を作曲したのは去年のことだけど、そのリサーチのためのメモがパソコンのフォルダーにまだあった。

僕がキーポイントだと思った小説の中の文章の抜き出しは、メモによると:

 

ミクロコスモスの続きのような始まり

さりげない幕開け

曲も至ってシンプルに展開

日常生活

人々の営み

余白の美

ちょっと物悲しく、

それでいておどけたメロディ

(カデンツァに向かって)巨大になっていく

広がっていく

今にも天まで届きそう

どんどん膨らんでいくような錯覚

メロディを弾いている自分(メロディのあるカデンツァ前の楽曲)

イギリス海岸の雰囲気

坪庭や茶室のように

森羅万象

 

終わり:

ラフマニノフの「音の絵」作品39番の第6番に続くようなエンディング(重要ポイント!!!)

 

↑   以上だ。

 

曲作りは、これらの小説の中の文章を元にインスピレーションを掻き立てた部分と、実際この「ラフマニノフの『音の絵』作品39番の第6番に続くようなエンディング」とあるので、実際ラフマニノフのその作品を探して、この曲の冒頭の音域に自然に続くように設計した部分がある。

小説に描かれたとおりに作曲して「春と修羅」の基本的な部分は出来上がった。

 

そして次はカデンツァだ。

僕は「まず亜夜のカデンツァから始めよう」と思った。

 

僕のメモには:

 

AYAによる解釈、カデンツァ前:

宇宙

ノスタルジア

悲しみ

Longing

お母さん

 

AYA カデンツァ:

最初の和音を鳴らした(AYA、カデンツァの最初は大きな和音)

涙、汗

骨太でゆったり

おおらか

どっしり

全てを包み込むような

まるで大地のような

母なる大地

どこまでも続く地平線

駆けていく子供たち

遠くで手を広げて待っている誰か

生きとし生けるものが歩いていく大地

胸の奥に碧い草原

草の匂い

吹き渡る風

懐かしい匂い

安心感

安堵感

心地よいところ

 

とある。

その「最初の和音を鳴らした」部分の、最初の和音を見つけるのが重要ポイントだった。

和音といっても山ほどあるけど、ここで弾かれるべきは温かい感じの和音のはずだから、低音部がけっこう利いたかんじ。黒鍵も多めに使うほうが豊かだ。

 

その和音が「母なる大地」を表現して、しかも「どこまでも続く地平線」に伸びていくように展開する。

そして、それが急に分解して、小さなフレーズが飛び跳ねる「駆けていく子供たち」になる。

このイメージだ、と思った。

 

ちょうどこの時たまたま僕の友人の三味線奏者・本條秀慈郎くんが、ロンドンにツアーで来たのに、なぜだか仕事がキャンセルになり全部なくなってしまい「時間を持て余してる!」と言うので、しばらく家に遊びに来てもらっていた、もちろん三味線を持って(のちに僕は三味線協奏曲を本條さんに書く)。

その時「映画音楽だから極秘でね」と途中まで、出来たばかりの「春と修羅」を聞かせてみた。

すると本條くんが、

「すごい綺麗な曲ですね!」

と言ってくれた。

なんだか勇気が湧いて、そのあとすぐにAYAのカデンツァを書き上げた記憶がある。

 

AYAのカデンツァは、まだわりに、さっとできた。

嗚呼、大変なのは明石のカデンツァだ、とまだぼんやりとだが僕は取りかかる前に思った。

宮沢賢治の詩「永訣の朝」の一節「あゆめじゅとてちてけんじゃ」(岩手弁?)を素にメロディを作る、という言うくだりが小説にある。

実際に声に出すとき「あゆめじゅとてちてけんじゃ」ってどんなニュアンスになるんだろう?

 

こういうときに頼りになるのがフェイスブックだ。

僕は映画のことは言わずに質問してみた。

そしたら、いろんな人が参考の動画のリンクを送ってくれたり、逆に「あ、その動画は偽物のニュアンスです!」とか、そんなスレッドがわーっと続いた。

 

次の回は明石のカデンツァの話をします!

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藤倉大の無限大∞

ロンドン在住、42歳、作曲家。これまで数々の著名な作曲賞を受賞してきた藤倉大の、アグレッシブな創作生活の風景。音の世界にどっぷり浸かる作曲家は、日々、何を見、何を感じるのか。

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藤倉大 作曲家

1977年大阪生まれ。作曲家。15歳で渡英し、D・ランズウィック、E・ロックスバラ、G・ベンジャミンに師事。国内外の作曲賞を多数、受賞(2019年は3回めの尾高賞を受賞)。数々の音楽祭、音楽団体から作品を委嘱され、いま「世界で最も演奏される現代音楽作曲家」と呼ばれる。2010年2月「情熱大陸」で特集され大反響。先日、映画「蜜蜂と遠雷」の中の課題曲「春と修羅」を作曲したことが発表されたばかり。http://www.daifujikura.com

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