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カラス屋、カラスを食べる

2018.11.10 更新

かわいいなあ、カラス松原始

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。
 

(画像:iStock / Vlad_Losh)

カラスより先にハトが来た

 調査場所は京都市内の円山(まるやま)公園である。大学からは歩いて30分ほど。途中で買った食パンを持ち、公園内のベンチに座ってあたりを眺めてみた。

 カラスはたくさんいた。というか、たくさんいるのを知っているから、ここに来たのだ。木の上に止まっているカラス多数。地面を歩いているもの10羽くらい。見えているのはハシボソガラスの方が多いが、これは見かけ上だろう。ハシブトガラスは地上に留とどまるのを好まない。止まっているものまで全て数えればほぼ同数といったところだろうか。

 ハシボソガラス、ハシブトガラスは共に日本で繁殖する、ごく身近な鳥だ。ハシボソガラスの嘴(くちばし)は細くてまっすぐなのに対し、ハシブトガラスは太くてアーチ状に弧を描く。またハシボソガラスは農地や芝生など開けた場所が好きだが、ハシブトガラスは高いところに止まるのが好きで、田んぼのようなところにはあまり来ない。ここは公園で、木も生えていれば平らな地面もあって、おまけに人間がゴミを捨てて行ったりするから、どちらのカラスにとっても住みやすい場所だ。

 コンビニのレジ袋をガサガサ言わせながら食パンを取り出し、6枚切りを1枚手に取って、小さくちぎる。顔を上げると、既に数羽のカラスがこちらに近づきつつあった。カラスは人間の行動にとても敏感だ。餌を落としそうな相手は全部チェックしている。同時に、近づいても安全かどうかも、見定めているだろう。

 だが、カラスより先にドバトが来た。いわゆる「ハト」、公園や駅で「クルックー」と鳴いているアレである。もともとは日本の野鳥ではなく、西アジアのカワラバトが飼いならされて1000年以上前に飼い鳥として持ち込まれ、その後で野生化したものだ。種類としては伝書鳩なんかと全く同じである。

 ドバトたちは意味ありげに地面をつつきながら、足下をうろうろと歩き回る。ちぎったパンを投げると、数羽が先を争うように群がった。パン屑をつつき回し、くわえ上げては振り回す。ハトは餌を足で踏んで押さえながらつつく、ということができない。振り回してちぎるだけだ。そのたびにパンが宙を飛んではまた落ち、そこにハトが群がる。

 カラスはじりじりと接近して来た。ハトが食べているのを見て、「これは餌だ」と確信したからだ。また、ハトに餌を与える人間は、カラスにも多少は優しい可能性がある……少なくとも「鳥は全て嫌い」とかではない……だろうから、この判断は合理的でもある。

 私はカラスに向かってパンを投げようと、腕を振りかぶった。途端、近づいていた2羽のハシボソガラスがピョンと飛び下がった。大きなモーションが嫌いなのだ。だが、完全には逃げない。半身に構えたまま、顔はこちらを向いている。私はなるべく小さな動きで、パンをカラスの方に投げた。

 ドバトがさっと動いたが、それを圧して、ハシボソガラスがダッと飛び込んで来た。ハトが慌ててよける。ハシボソガラスはパクッと一口でパンをくわえて飲み込み、首を傾かしげながらこちらを見上げた。黒い瞳がキラッと光る。それを見たもう1羽も、トコトコと寄って来る。

 カラスの方を見たまま、食パンをもう一つちぎって、投げる。今回は手を上げただけでカラスが前に動きかけた。だが、振りかぶるとまたちょっと腰が引ける。欲しい、でも怖い、という相反する情動が同時に存在するのだろう。手首のスナップでパンを投げると、カラスはタタッと小走りに駆け寄り、パンをくわえると元の位置に戻った。もう1羽がさらに近づいて来る。その後ろ、遠くで採さい餌じしていたハシボソガラスも、トコトコとこちらに歩いて来た。続いて別の1羽が飛来し、3メートルほど先に舞い降りる。

 近い。こんな近くで見るカラスは初めてだ。

 だが、これは序の口だった。3つ目のパンを投げる頃には、ハシボソガラスは次々と飛来し、バサバサと羽ばたいて落ち葉を吹き飛ばしながら私の周りに着陸し始めた。その後ろには、地上に下りて来るほどには決心がつかないらしいカラスたちが、周囲の枝に止まっている。急いで数えると、半径10メートル以内に19羽のカラスがいて、私の手元をじっと見つめている。これではカラス使いだ。

滅多に見られないカラスの姿

 やっているうちに面白いことに気が付いた。

 カラスは半円を描くように、私の前に集まっている。だが、私の足下から3メートル以内にはカラスがいない。そこに「カラス前線」ができているのだ。

 つまり、ハシボソガラスは私に対して3メートルまでは近づいていい、と判断している。試しにその前線よりも手前にパンを落とすと、一瞬、カラスたちがザワッと身じろぎする。だが、入って来る度胸はない。しかし、ほんの1秒か2秒のうちに、我慢できなくなった1羽がサッと飛び出し、素早くパンを引ったくって、バッと飛んで逃げる。1羽が飛び出すと釣られたように他の個体も飛び出して来ることもある。早い者勝ちだ。だが、餌を取ると必ず、「カラス前線」より後ろに戻る。

 だが、さらに近く、足下にパンを落とすと、カラスは見ているだけで取りに来ない。さすがに、どこまでも近づいていいというわけではないらしい。

 つまり、どうしても餌が欲しければ、一瞬だけは踏み込んでもいい限界距離というのもあるのだ。

 幸いにして、カラスたちは基本的に、実験に協力的だった。いやまあ、パン屑に惹かれて右往左往している、ということなのだが。

 周囲を見ていると、ハトに餌をやっている人は時々いるが、ハトの後ろに控えているカラスにまで餌を与える人は少ない。むしろ、カラスが寄って来ると「お前じゃない」とばかりに追い払われている。「こいつはカラスに優しい」と気付いた途端、カラスはわらわらと集まって来る。

 そのせいだろうが、腹を空かせたカラスが複数、投げたパンに向かってすごい勢いで突進して来ることがあった。こういう時は一瞬の差で早い方が勝つ。1羽が先に足を止めてしゃがみ込み、頭を下げて、パンをパクッとくわえる。そこにもう1羽が突っ込んで来て、激突する。そして、見事に相手の背中を転げ越えながら地面に落ち、「がー! ぐわー!」と非難がましい声を上げる。鳥は目が真ん丸なので、余計に「何すんねん!」みたいな顔に見える。

 仰向けに転がったカラスなんて、そうそう見られるものではない。

 かわいいなあ、カラス。

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関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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