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近藤勝重氏に学ぶ文章上達の極意

2017.09.04 公開 ポスト

第4回

いい文章は、暗示の中に意味をもたせる中原真智子(国語教師)

好評につき、第二期開催が決定した、コラムニスト近藤勝重さんによる、文章が学べるサロン「幸せのトンボ塾」。近藤さんから直接添削指導が受けられる、少人数制の贅沢な講座です。
具体的には、どんな内容の講座になるのか?あらためて文章を学びたいと思う方へ向けて、2016年に開催した、第一期受講者のお一人で、国語教師の中原真智子さんによるレポートをお届けいたします。

*   *   *

 今回で4回目となる文章サロンに行ってきました。そして、ついに私の作品も近藤先生にみていただきました!

 先生は私の文章を「出来上がっている作品だが、これをどう削るか…。」と言いながら、たくさん添削してくださいました。自分で直すのは推敲、人が直すのは添削、です。いや~それなりに推敲して書きましたが、添削されました~ありがたや~。さすがの納得添削でございました。


今回の講座のテーマの1つは「暗示の中に意味をもたせる」だ。

★電球が切れて夫を思い出す

★「おいおい」と呼ばれることに飽きてます

ーこれらは川柳だ。川柳は短い言葉で多くを語っている。文章も同じで、いかに1行に3行分書き込むかが大切だ。

文章を森に例えるとする。木を1本削ったら、その分、周りの木に光が当たり、傍の木が育つ。それと同じで、削ったら文の木が立つ。文を削ることによって、外の文に意味が吸収されるのだ。

説明すると文芸ではなくなる。説明ではなく暗示するのだ。作文は自己表現であって、自己主張であってはならない。論文ぽい言葉には要注意である。

 

さて、私の文章とそのアドバイスを読んでいただきましょう。

魂の言葉

中原真智子

(1)十一月十一日、同僚の旦那様(2)が亡くなった。六十三歳だった。

 今年二月に(3)ガンを宣告され、(4)看病のため同僚は休職していた。それから九ヶ月後の死だった。葬儀を済ませ、久しぶりに復職した日の朝、職場の私たちに挨拶をした。夫は六十で退職してやっと自由な時間がもてるようになった矢先の病だったこと、自分の休職によって二十四時間一緒にいられたのは幸せだったこと、これからは自分に残された時間を夫に恥じないよう、再び仕事に励みたいことなどを語った。

 その日、同僚の胸に、(5)いつもはしないようなネックレスが光っていた。(6)気になって尋ねてみると、それは夫からの贈り物だった。知らない間に注文していたらしく、葬儀の後で(7)届いたという。十分看病ができなかったのではないかと後悔していたけれど、この贈り物で気が楽になったと教えてくれた。

(8)体はなくなっても魂は生き続ける。(9)その人の生き方が語りかけてくる。(10)死して語られる言葉は深い。


【添削箇所とアドバイス】

(1)なくてよい。自分には意味があったとしても読み手にはそう意味がない。次の段落の「二月」につながるようにするためには、季節感を表す言葉の方がいい。

(2)「~の訃報に接した」あたりがいい。

(3)(4)をつないで、夫と妻の関係性を明らかにする。

(5)この文章の肝の部分だからさりげなく書く。

(6)絶対にいらない。(5)で「いつもはしないような」と書いているのだからわかる。

(7)後に「のだ」を加える。

(8)(9)(10)は「どうにかならないのか」という3行。余韻があって全体が生きる1行にするべき。

(8)いらない。筆者の思いがあるのかもしれないが、この部分が文章を平凡にしてしまう。しかし、タイトルとの兼ね合いがある。後に来る言葉を使って「死して語られる言葉」にするか?

(9)なくていい。平凡と言えば平凡。

(10)「言葉は深い」…?感情表現辞典を引いてみたが、そういう表現はない。「胸に響く」とか「胸を打たずにおかない」あたりか?内容は前の言葉でも暗示されている。

 

そうして直した文章は次のようになりました。

 

魂の言葉

中原真智子

 深まる秋の一日、同僚の旦那様の訃報に接した。六十三歳だった。

 今年二月にガンを宣告された夫の看病のため同僚は休職していた。それから九ヶ月後の死だった。葬儀を済ませ、久しぶりに復職した日の朝、職場の私たちに挨拶をした。夫は六十で退職してやっと自由な時間もてるようになった矢先の病だったこと、自分の休職によって二十四時間一緒にいられたのは幸せだったこと、これからは自分に残された時間を夫に恥じないよう、再び仕事に励みたいことなどを語った。

 その日、同僚の胸に、いつもはしないようなネックレスが光っていた。尋ねてみると、それは夫からの贈り物だった。知らない間に注文していたらしく、葬儀の後で届いたのだという。十分看病ができなかったのではないかと後悔していたけれど、この贈り物で気が楽になったと教えてくれた。

 胸のネックレスは言葉をもたない。でも、伝わってくる魂の声は奥深く同僚の胸に響いていることだろう。

 

 最後の部分は、講座の後で近藤先生がこんな書き方もあると示してくれました。なんと丁寧で誠実な方でしょう。

 この日、近藤先生は次々に受講生の作品を添削しながらおっしゃいました。

「くどくど説明すると野暮になる」

「暗示の中に意味を含ませる」

「書きすぎると文章は味を失う。いかに書かないか」

「歌舞伎のいかに演技をしないかに通じる」

「健さんは目線で、肩で、表現する。演技をしないことが演技をする」

 同じようなことでもこんなにいろいろな表現をしていて、深いです。人間の深さが違うのです。私なんざ、無駄無駄無駄無駄無駄ばかり。身体も仕事も無駄だらけ。肉が憎い。

 この日の夜、私は歌舞伎を見に行きました。いつも3,000円の一番安い場所の当日券を買います。しかし、この日は奮発して11,000円の二等席を買いました。気仙沼から東京まで出てきてくれた友と一緒だったからです。友は初歌舞伎を喜んでくれました。再会を楽しみました。玉三郎様、美しかったです。手先の動きで語っていました。艶やかな声が伝えていました。

 それではもう一つ私が書いた作文「ブータンの思い出」を紹介します。

これもみてもらいました。知っていると思いますが、私は図々しいです。

 

ブータンの思い出

ブータンの野良犬たち

 二年半前、友人二人とブータンに旅行した。

 ブータンは仏教国で、殺生を極端に嫌う。蚊に刺されてもそのまま血を与えるそうだ。そのため町中に野良犬があふれていた。しかも十匹以上集団でたむろしている。犬嫌いの友人はそばを通ることを嫌がったけれど、私は動物好きなので平気だった。

 ある朝、一人でホテル廻りを散歩した。例によって複数の犬が道端に寝そべり占拠してる。その間を歩いていたら、後ろからうなり声が聞こえた。「ん?」と思った瞬間、右足を噛まれた。二匹目が左足を噛んだ。「狂犬病は致死率99%」平静を装いながら頭の中はパニックになった。近くにいた地元の人が追い払ってくれた。ホテルに帰ってブータン人のガイドに病院に行きたいと伝えようとした。ガイドは英語しか通じない。私は英語が苦手だ。「ジスモーニング、ツードッグズ…えーと、ワンワン、ガブリ、ミー」通じた。

「噛む」は英語で「bite」だと、後から友人が教えてくれた。

 

 この作文について近藤先生のアドバイスは、「読んでいる人は、筆者が狂犬病になったのかどうか気になるところだから、そこを知らせてほしい。例えば『犬にも仏心があったのか狂犬病にはなりませでした。』のような一文で。まあ、あなたが生きているから死んでないことはわかるんだけど。」

 そうか、そりゃそうだよねえ。私としては英語の部分をオチとして書いたけど、初めて読む人は、狂犬病になったかどうかが気になるよねえ。

 実際はこの後、ブータンの病院に行って両肩に1本ずつ注射をされ、中国に帰ってから(蘇州日本人学校在職中だったため)1週間ごとに1本を4回注射され、検査の結果、陰性でした。生きています。

2016年12月8日(木)

*   *   *

<2017年9月9日から開催決定!>
近藤勝重さんから直接文章指導が受けられる、第二期「幸せのトンボ塾」のお申し込みも受け付けております。

関連書籍

近藤勝重『今日という一日のために』

毎日新聞夕刊(一部地域朝刊)に連載のコラム「しあわせのトンボ」。新聞が届いたらまずここから読む、という人も多い大人気コラムです。週1回、10年に及ぶ連載分から64編を厳選し、大幅な加筆修正をして1冊にまとめました。 著者の近藤勝重さんは端正な文章に定評のあるコラムニストであり、ジャーナリストです。毎日新聞の社会部時代にはグリコ・森永事件や山口・一和会の大阪戦争、日航ジャンボ機墜落事故を最前線で取材し、記事にしてきました。しかし「しあわせのトンボ」では堅苦しい話は抜きにして、散歩中に心奪われた風景、友との会話で気づいたことなど、身近な話題と世相をていねいに織り上げることを大切にしています。「日々の暮らしが穏やかに続く。その日々のほんのささやかな幸福感やありがたさを書かず、語らずして、政治に物申すことも、政治を変えることもできない」と、近藤さんは言います。 心は内に閉じ込めるものではなく、外に連れ出すものなのかもしれない。そう気付いて始めたのは、外に出て自然に触れることであった。(「心は外に」) 改めて言うまでもなく、人の心はわかりにくい。本音と建前の物言いもあれば、うそも言う。さらに言うなら、自分の心すらわかっていないのが人間だ。鏡の自分を見て、そこに映っていないもう一人の自分がささやく。「本当のことを言ったら」と。(「『わかった』はわかっていない」) その一日、何か無為に過ごしたかのような気もしたが、思い返せばよく笑った日であった。ぼくは何人もの笑いの天使に会った。今日という一日も、こんなぐあいに過ぎてくれれば日々これ好日である。(「笑いの天使とともに」) しみじみと味わい深い文章で日常のなにげない風景を鮮やかに切り取った名コラム。近藤さんとゆく〈読む散歩〉をぜひお楽しみ下さい。

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中原真智子 国語教師

中学校国語教師。岡山県倉敷市在住。 近藤勝重氏主宰の文章教室「幸せのトンボ塾」第一期生であり、その授業内容をまとめたレポートを近藤氏に評価され、幻冬舎plusでの連載にいたる。 趣味は旅・映画・読書。

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