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先生、俺またバグってます。

2026.11.04 公開 ポスト

双極症と診断される前GASHIMA (WHITE JAM)

双極症と診断されるまでの10年以上、気分の波を「自分の性格」や「調子の良し悪し」だと思っていたGASHIMAさん。

今回は、高校時代、大学時代の「調子のいい自分」「調子の悪い自分」を振り返りながら、病気に気づくことの難しさと、医療に頼ることの大切さについて語ります。

俺が双極症と診断されたのは
2019年の夏の終わり。
正式な診断が下されるまで、
この病状は得体の
知れない波でしかなかった。

いつが始まりだったのかは
明確にはわからないけど、
思い当たる節はいくつかある。

最初は高校の最終学年に上がった年。
急に陽気な気分になって
授業中に茶々を
入れまくるようになった。

 

ずっと高校には馴染めなくて、
同級生とも壁を作っていたのに
急に明るく振る舞い出したから、
周りはさぞ驚いたと思う。

今思えば、高校に入ってからの
俺はかなり鬱っぽかった。
それが最終学年になって
急に明るい気持ちになったのだ。

自分の中では
「最後ぐらいはみんなと仲良く、
明るくやりたい。」
というポジティブな気持ちの
変化だと捉えていた。

だけど、同級生が
「お前、急に性格変わったけど、
どうしたの…?」と心配そうに
聞いてきたのを覚えている。

俺の中では「気持ちの入れ替え」で
しかなかったんだけど、
多分、客観的に見ていたら
俺の様子は少し異様だったんだと思う。

その頃はレコード会社との
契約も決まったばかりで、
平日は休み時間や寝る間も
惜しんで作詞をしていた。
週末になれば、スタジオにこもって
夜通しレコーディングをする日々。

疲れ果てていても
おかしくなかったのに
毎日、異常なぐらいに
エネルギッシュだった。

その時期を過ぎても、
特に気分が落ち込んだりもしなかったし、
俺の中ではただ「絶好調な時期」として
記憶に残っていた。

その後、大学3年生の頃にも
同じようなことがあった。
当時、俺は今のメンバーと出会って、
WHITE JAMとしての活動を
スタートさせた。

グループの未来に希望は持っていたし、
結成したてで、色んなことが新鮮ではあった。
だけど、小さなライブハウスで
数人のお客さんの前でライブをする日々。
これと言って何かが上手く行っているとか
そんな状況ではなかった。

なのに、その夏が強烈に
楽しかったことが記憶に残っている。
制作をしていても、
ライブをしていても、
やる気に満ちあふれていて、
「俺は無敵だ!
このグループで大成功する!」という
強烈な万能感を持っていた。

生活に支障が出るぐらいの
症状が出始めたのは、
このあたりだったように思う。

その夏が終わって、冬が来た頃、
俺はなかなかベッドから
起き上がれなくなった。
思考も悲観的になっていたし、
妙に甘い物ばかりを
欲するようにもなっていた。

毎朝、鉛のように
身体が重くて、大学の授業も
休みがちになっていった。

症状をネットで調べると
冬の時期にうつ症状が出る
「冬季うつ」に
該当しているように思えた。

どうやら自分は冬が苦手で
寒い時期になると
鬱っぽくなるらしい。

でも、春が来て、暖かくなれば
自然と症状は回復するだろうと
精神科などは受診することなく
ただただ気分が回復するのを
待って毎日を過ごした。

そこから双極症だと
診断されるまでには
10年以上の月日が流れている。

自分が双極症だと気付くのに
時間がかかった大きな理由の一つは
軽躁状態を「本来の自分」だと
認識していたことにあった。

何年に一度か、やる気に満ち溢れた
日々がやってきて、
仕事も体調も絶好調になる。

それが本当の自分の姿で、それ以外の
時期は「調子の悪い自分」だった。

だから、ずっと躁状態の自分を
目指して日々を過ごし、
実際に躁状態に突入した時には
「今こそ頑張り時!!!!!」と
アクセル全開で働いた。

今、思い返せば
「そんなことするから
また鬱になるんじゃん・・・」と
思えるけど、
そう簡単に気付けないのが
双極症なんだと思う。

双極症だと診断されてからは
気分の波も症状の一部だと
認識して日々を過ごすことが出来る。

それでも躁状態でブレーキを
かけることは難しいし、
うつ状態の体調の悪さは
生きていて何よりも辛い。

でも、取り扱い説明書のある人生は
まだ少しは生きやすいように思える。

「たとえ健康な人間でも
精神科に行ったら何らかの
病名を付けられる。
それで精神薬を飲み始めたら
人生終わりっしょ。」

俺もそんな風に考えていたけど、
今思えば、もう少し
早く医者に頼っていたら、
あの生きづらすぎる10年は
ちょっとはマシだったのかなとも思う。

原因不明の痛みや湿疹が出たら
病院に行くのは当たり前。

それぐらいの軽い気持ちで
精神科を訪れられる日が来たら
救われる人がいる気がする。

未だに俺も「精神科通ってんすよね。」
というと一瞬、変な空気になる。

いつかこの「精神科通ってんすよね。」が
「耳鼻科通ってんすよね。」ぐらい
ナチュラルに言える日が来たらいいと思う。

そんな日が来るまで。
微力ながらでも、俺はこんなコラムを書いて
堂々と「精神科通ってんすよね。」と
言い続けたいと思っている。

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先生、俺またバグってます。

3人組シンガーソングライター・グループ WHITE JAMのラッパーとして活躍するGASHIMA。

そんな彼はある日、「双極性障害」であると診断される。

思い返してみれば、昔から自分はちょっとバグってた。

日本とアメリカで経験した過去、生い立ちと音楽、メンタルヘルスの狭間で感じた「生きづらさ」をパーソナルかつリアルに綴るセルフドキュメンタリー連載。

目まぐるしく変わる環境に対するやり場のない怒り。

振り返ってみれば「若気の至り」だと思っていた破壊的衝動。

あれも、これも、もしかしたら躁状態だったのかも?

 

“ただの勢い”の裏にはちゃんと病理があった。

そう思えると、あの時の俺も少しだけ愛せるようになった。

バックナンバー

GASHIMA (WHITE JAM)

一橋大学卒。

十代を米国で過ごしたバイリンガル・ラッパー。

2014年、3人組シンガーソングライター・グループ、WHITE JAM のメンバーとしてメジャーデビュー。

日本語と英語を巧みに使いこなすリリックに定評のある作詞家として、グループだけでなく他アーティストへの作詞提供も多数。

代表作に、SixTONES「Telephone」「RAM-PAM-PAM」、Nissy「Liar」、Snow Man「HYPNOSIS」などがある。

海外での孤立体験、日本の音楽業界での挫折、双極性障害の診断など、複雑なバックグラウンドを持ち、近年はそうした内面を率直に発信。

精神疾患に対する偏見や「生きづらさ」への理解を広げる活動にも力を入れている。

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