ラッパー・GASHIMAさんによる人気連載『先生、俺またバグってます。』。
今回はGASHIMAさんの高校生の時のお話。
父親の転勤により、ロサンゼルスからニューヨークへと引っ越し、新たに人間関係を作る気持ちにもなれずに一人で過ごす日々。
そんな中、またもや“ラップ”をきっかけに、周囲の環境が大きく変化していきます。
* * *
俺がまだ中学生だった頃、
父親の転勤で家族みんなでロサンゼルスに
引っ越すことになった。
英語を一言も話せず、友達が出来なかった時。
日本語でラップをしたら、友達が出来たという話は
以前、このコラムに書いた通りだ。
そこからのロサンゼルスでの
暮らしは楽しかった。
友達が出来てからは自然と
英語が話せるようになったし、
授業にもついていけるようになった。
このまま楽しくロサンゼルスで
高校生活を過ごすんだと思ったのも束の間、
次は父親のニューヨーク赴任が決まって、
また強制的に人間関係がリセットされた。
転校先のニューヨークの高校は
とにかく肌に合わなかった。
ロサンゼルスで頑張って
人間関係を作ったのに、
またもや降り出しに戻った俺は
ヘソを曲げてもいたんだろう。
「コイツらと無理に仲良くなったところで
どうせ高校卒業する頃には日本に帰る。
だったら、そもそも友達もいらない。」
そう思った俺は学校で
誰とも口を聞かなくなった。
その代わりに休み時間や
授業中、俺は一人で黙々と
ラップを書いていた。
そんな調子で2年ほど経ったある日、
日系のスーパーに買い物に出かけた
母親が1枚のチラシを持って帰ってきた。
当時の日系スーパーには掲示板があって、
そこには色んなチラシが掲載されていた。
日本に帰国する人が
家具の買い手を募集していたり、
日本食のレストランがアルバイトを
募集していたりするようなチラシだ。
その中にアメリカ人のプロデューサーが
日本人のラッパーを探しているという
チラシがあり、その1枚を
母親が持って帰って来たのだ。
「これ、連絡してみたら?」と
母親は電話番号が書かれた
そのチラシを渡して来た。
高校生の俺ですら「何、その話……」
と思うぐらいに
怪しいチラシではあったが、
「最悪、デモ曲だけ作ってバックれよう。
それを日本のレコード会社に送ればいいや。」
という自分本位すぎる考えの元、
その番号に電話をしてみた。
プロデューサーと電話が繋がり
早速、今週末オフィスに来てくれと言われる。
伝えられた住所をメモしながら、
どうやらこのレーベルがマンハッタンの
一等地に位置していることに気がついた。
「ん……? 思ってたより、これ、デカい話なのでは……?」
そう思いながら、週末に指定された住所に向かうと
オフィスが構えられていたのは高層ビル。
蓋を空けるとそのレコード会社は
ブルース好きなら知らない人はいない
老舗の有名レーベル、Chess Recordsだった。
オフィスの一部屋に案内され、
挨拶も早々にビートを流される。
「これでラップしてみて。」
そう言われ、日本語で即興のラップをする。
「俺は日本語はわからないけど、
君のラップは最高だと思う。
一緒に仕事しよう。」
そう言われ、手を差し出された。
その握手一つで、つい30分前まで
ただの高校生だった俺は
レーベル所属のラッパーになった。
そこからは毎週末がスタジオに缶詰。
日本で逆輸入ラッパーとしてデビューするという
目標の元、楽曲制作の日々が始まった。
平日に曲を書き上げて、
土日のスタジオにこもる。
そんなことを続けて、半年ほどが経ったある日、
授業中にラップを書いているのが先生に
見つかってしまった。
怒られるかと思いきや、先生は興味津々。
「明日、あなたのラップの
CDを持ってきて」と言い出す始末。
授業中にラップを書いていたことで
成績を下げられても嫌なので
渋々OKをして、翌日CDを先生に渡した。
すると先生は教室のラジカセにCDをセットして
「彼がラッパーなの知ってた?
みんなで聴いてみましょう!」と言い放つ。
「余計なことしやがって……!!!」
と思った時には授業中とは思えない爆音で
俺のラップが教室中に響き渡っていた。
「ジャパニーズラップ、ハンパねぇ!!!!」
と教室の男子たちが湧き上がる。
「うわ……ロサンゼルスの時のデジャブ……!」
そう思いながら、授業は終了。
その日の下校時には学校中に
俺がラッパーだと
言うことが知れ渡っていた。
廊下を歩いていると今まで
口を聞いたこともない生徒に
「俺、ビート作ってるから聞いて欲しい!」
とか
「俺もラップやってるから、明日CD持ってくる!」
と声をかけられる。
翌日、学食でまたひっそり一人で曲を書こうと
思っていると、次々と色んな奴が俺の
テーブルにやってきてはラップの話をする。
ヘソを曲げて、孤立した日々は
嘘のように終わりを告げた。
気が合わないと思っていたアイツもアイツも
話してみると結構、良い奴だったりする。
結局、俺はいつもこうして
ラップに救われてきた。
高校生の俺が予想した通りに
俺は卒業後また日本に帰って
居場所を失くすことになる。
でも、そんな時もまたラップが
居場所を作ってくれた。
その話はまた別の機会に。
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先生、俺またバグってます。

3人組シンガーソングライター・グループ WHITE JAMのラッパーとして活躍するGASHIMA。
そんな彼はある日、「双極性障害」であると診断される。
思い返してみれば、昔から自分はちょっとバグってた。
日本とアメリカで経験した過去、生い立ちと音楽、メンタルヘルスの狭間で感じた「生きづらさ」をパーソナルかつリアルに綴るセルフドキュメンタリー連載。
目まぐるしく変わる環境に対するやり場のない怒り。
振り返ってみれば「若気の至り」だと思っていた破壊的衝動。
あれも、これも、もしかしたら躁状態だったのかも?
“ただの勢い”の裏にはちゃんと病理があった。
そう思えると、あの時の俺も少しだけ愛せるようになった。









