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パンダのうんこはいい匂い

2026.06.16 公開 ポスト

『パンダのうんこはいい匂い』文庫版発売記念試し読み

パンダと直に触れ合えるコース、当時、10秒間で3万円、3分間で5万円…藤岡みなみ(エッセイスト/タイムトラベラー)

パンダのうんこはいい匂い』……一度見たら、思わず二度見したくなるタイトル!

藤岡さんが好奇心のまま、さまざまな場所に行ったり、さまざまな体験をして、そこで出会った”異文化”との触れ合いを綴ったエッセイ。

四川省までパンダ飼育のボランティアに行った藤岡さん。2日目はどんなふうに始まった!?

*   *   *

パンダと添い寝して考えた

飼育ボランティア2日目もやはり、うんこ掃除から始まった。体力のいる作業だが、あくまで体験に来ている人、ということで強制的に何かをやらされることは全くない。どのくらい手伝うかは本人次第で、ちょっと疲れてきたなと思ったら自由にパンダ基地の中をうろうろしてきても何の問題もない。作業したくなったら繁殖場に来てね、という感じ。朝やって来てまず一般客と一緒にパンダを見て、気が済んだら掃除をちょっと手伝い、疲れたらまた見学しに行く、みたいなのでもいい。

ただ私は、パンダのおやつを準備させてもらったときに直感したのだ。これはご褒美だと。うんこを掃除すればするほど、いいことがある。サボっても許されるからといってフラフラしていたら、きっとチャンスを逃す。飼育員たちの信頼を勝ち取ることが重要だ。私はうろうろしたい気持ちを抑え、したたかにうんこ掃除を続けた。

(写真:藤岡みなみ)

昼食はスタッフ用の食堂でとることができる。飼育員たちに交じって列に並んだ。銀色のプレートにご飯と日替わりのおかずをよそってもらい、空いているテーブルの席に座るというスタイル。ここで食べたランチが胸を打つおいしさだった。辛いおかずが2つ、辛くないおかずがひとつ、という構成だったと思う。たいていの人が辛いものを好んでいるということが前提のメニュー。当時は四川料理をまだそんなに知らなかったこともあり、こんなにもご飯がすすむものなのかと驚いた。力仕事の後だったというのも大きい。肉だったのか魚だったのか、それが何のおかずだったのかはっきり覚えていないのに、口に入れた時の辛さ、しびれ、塩気、そしてたまらずかきこむ少しかために炊かれた白米の熱さは今もありありと思い出せる。レストランではなくスタッフのための食堂、というシチュエーションだったこともあり、リアルな四川料理の姿を見た気がした。これが飾らない、本音の、四川人が食べたい四川料理なのかもしれない。四川料理との出会いの場所はどこ? と聞かれたらきっと、パンダ基地の食堂、と答える。

昼食のあともすぐに繁殖場に行き、すみやかにうんこ掃除を申し出た。4日間しかないのだ。一刻も早く飼育員たちの信頼を得なければ。だけど、彼らはものすごく忙しい。「こことここ、お願いね」と指示したあとはすぐにバタバタと別の場所に行ってしまう。私が真剣に掃除しているところはあまり見られていないようだ。

体験の日程も後半に差し掛かった頃、さすがに疲れてきて、ちょっと敷地内を散策してみることにした。繁殖場の近くにパンダ幼稚園がある。すべりだいで小さい子パンダたちが頭からすべり落ちたり、大きな木の根元で片足立ちしていたり、じゃれあっておにぎりみたいになっていたり、長く見つめているとかわいすぎてどうにかなりそうになる危険な場所だ。1秒に1回以上のペースで「かわいい」と言わざるを得ない。かわいいの暴風雨に巻き込まれ、頬がゆるみすぎてそのまま数日は元の位置に戻らない。

うんこ掃除をいくら頑張ってもどうせ見てもらえないなら、パンダ幼稚園をずっと見学していたほうが幸せかもなぁ……と思うようになってきた。なぜ、自分から手伝わせてくれとわざわざ日本からやってきたくせに、たった3日でサボりたくなっているのか。だらしなさすぎるが、これが私である。

4日目、私はもはや開き直って一眼レフを首から下げて出勤した。隙あらばパンダ幼稚園に行きたい。床をモップでこすっていても心ここに在らずだ。区切りのいいところでさっそく持ち場を離れ、子パンダの元へと向かった。

(写真:藤岡みなみ)

この日もかわいさと尊さが青天井だった。なんと、1頭の子パンダの頭の上に花輪がのせられていたのだ。なんっだそれ。霜降り牛の上にウニをのせる料理ぐらい、過剰だ。おいおい……と言いながらシャッターを押す指が止まらない。しかし私はファインダー越しにさらに衝撃的な光景を目にする。突如、運動場の奥の扉から、ハッピーバースデーの歌と共に大きな氷のケーキが運ばれてきた。しかも、ケーキの両側を片方ずつ持って慎重に運んでいる2人は、私と同じカーキ色のつなぎを着ていたのだ。えっ。そんな大役を飼育ボランティアが任されることもあるのか。もしかしたらあの2人は、私がサボってパンダ幼稚園に通っている間も、ひたすらうんこ掃除をしていたのかもしれない。その功績が認められて、あんな大役を……? 胸の中はジェラシーと後悔で真っ黒に染まっていった。しかし氷ケーキを食べるパンダがかわいすぎる。氷の中にはニンジンが埋め込まれていて、なめたりかじったりしながら必死で取り出そうとしている姿がいとおしい。心で泣きながらも写真を撮り続けた。くっそー、かわいいぜ。

もう、怒った。もうどうなっても知らん。ふっきれた私は、パンダと直に触れ合えるコースに申し込むことにした。実はこの体験はかなり高額で、当時、10秒間で3万円、3分間で5万円、とかだったと思う。かなりチャレンジングな値段だ。最初は、もしかしたら飼育員体験でわりとパンダとお近づきになれるかも? とか、わざわざ一般客向けのふれあいコースに申し込まなくてもいいんじゃないかな? などとタカをくくっていた。しかし、もう最終日である。ケーキ贈呈のスペシャル任務にも就けなかったし、ひたむきなうんこ掃除で飼育員に見出されることもなかった。もういい、金で解決だ。

カーキのつなぎから、青い全身防護服に着替える。檻越しではなくパンダと同じ空間にいられるのは人生で初めてだ。対面した1歳のパンダはだらしなく寝そべるような姿勢で、あのおいしそうな黒糖パンを無我夢中で食べていた。パンくずがぼろぼろこぼれ落ちている胸元の毛に触れてみる。やわらかくもコシのある、高級な筆のような触り心地。ほほほおん。これが、憧れ続けた生パンダ。

握手をしたくて手を触る。パンダの器用な手の秘密が知りたい。子どもの頃に頑張って読んだサイエンス本にあった「第6の指」を探すも、係の人に危ないから手は触らないように、と注意されてしまった。3分間は短い。あとどうしても一緒にしておきたいことはなんだろうと考え、とっさに隣に寝転んだ。パンダとの添い寝。起きているのに夢を見ているような数十秒だった。はいはいーおわりでーす! と、追い出されるようにしてパンダ部屋をあとにした。しばらくは何が起こったかわからず全身の力が抜けていて、黒糖パンの香りだけが強い余韻として残った。

約700万年前から存在し、生きた化石とも呼ばれるパンダ。環境破壊の影響などで一時は絶滅の危機に瀕していた。現在は野生、飼育下合わせて世界に2500頭あまり。保護活動が遅れていたら、いつ滅びていてもおかしくなかったくらいなのだ。パンダと触れ合った時、そんなギリギリの運命を生き延びたパンダと私が同じ時代を生きているという事実をまぶしく思った。環境を破壊するのも人間だし、保護して守ることができるのも人間だ。自然や動物との共生について考えるとき、いつもパンダのやわらかくも強い毛の手触りを思い出す。などと、うんこ掃除すらサボった人間が偉そうに申しております。

(写真:藤岡みなみ)

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パンダのうんこはいい匂い

四川省までパンダ飼育ボランティアに行くと、仕事がほぼうんこ掃除だった。ラスベガスのレストランで注文すれば生ハムだらけに。食べるために孵化させた鶏なのに、死ぬと荼毘に付す。首吊りショーで命の誕生を感じ、縄文土器で豚汁を煮る。――藤岡みなみさんが心の赴くまま、あちこちへ足を運び、あれやこれやと首を突っ込む。好奇心の向こう側にはいつも、想定外の未来。過去の価値観から解き放たれる、面白異文化エッセイを試し読み!

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藤岡みなみ エッセイスト/タイムトラベラー

一九八八年兵庫県淡路島生まれ。文筆業のほか、ラジオパーソナリティやドキュメンタリー映画プロデューサーとしても活動。時間SFと縄文時代が好きで、タイムトラベル専門書店utoutoを東京都板橋区にオープン。著書に『ふやすミニマリスト』『ぼちぼち』『時間旅行者の日記』など。

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