藤岡みなみさん著『パンダのうんこはいい匂い』文庫版が発売となりました。
なかなか攻めたタイトル!…と単行本時にザワついた(!?)、異文化交流エッセイ集。
藤岡さんは好奇心のまま、パンダの飼育ボランティアに行ったり、首吊りショーを見にいったり、卵を孵化させてみたり、縄文土器で豚汁を煮てみたりします。そのときどきに巡り合う出来事って、すべて「異文化」と言っていいもの。
くすくす笑いながら、同時に、自分の足元をしっかり見直したくなる、癒しと読み応えと発見のあるエッセイをお楽しみください。
まずは「はじめに」を公開!
* * *
はじめに
「本のタイトル、『パンダのうんこはいい匂い』ではどうでしょうか」
本書の完成が近づいた頃、出版社からそう言われた。うんこ。まさか自分の本のタイトルにうんこが入る日が来るとは思わなかった。じゃあ、プロフィールとかにも今後ずっとうんこが入り続ける、ということか。「主な著書に……うんこ……がある」みたいになるのだろうか。この先いくらかっこいいプロフィール写真を用意しても、自己紹介にはうんこが入っている状態。どうなんだろう。
元はと言えば私のせいだ。一本のエッセイに自分でそういうタイトルをつけたのだ。
でもまさか本の題名になるとは思っていなかった。軽率にエッセイのタイトルにうんこを入れてはいけないんだな、と学んだ。いいのか悪いのかわからなくて「うんこ 類書」で検索したりもした。
もうすでに8回うんこって言っているが、異文化について考えたくて書いた本です。
19歳の時、初めて中国を旅した。神戸港から船で2泊3日かけて上海へ、そこから寝台列車で西安に移動し、敦煌(とんこう)やトルファン、ウルムチを見て回った。ラクダの蹄(ひづめ)の間の肉を食べたり、雪の積もった砂漠の山をダッシュで下ったりした。初めて出会うことばかりで、生まれたばかりの人間の気持ちになった。
カザフ族の家庭でオオカミのチャーハンをごちそうになった日もあった。じゅわっとした脂身の甘みに旅の疲れが吹き飛ぶ。塩バターのミルクティーがおいしくておかわりしてしまったため、尿意をもよおしてしまった。トイレは家の外にあるボットン式のもので、あまり頻繁に汲み取るものではないのか、穴が果てしなく深く掘られている。のぞきこむと歴代のうんこがタワーのようになっていた。汚いというより見事で、なんか美しい、と思ったのを覚えている。また、うんこの話をしてしまった。別に世界うんこ紀行のような本ではない。
2週間の旅で心の琴線がむき出しになり、帰りの船で太陽が地平線に沈むのを見ただけで涙が出た。息を止めて時計の長い針を見ている時のように、太陽がゆっくりだけど確実に動いているのがわかる。太陽って本当に沈むんだ、地球って動いているんだ、と思った。知識としては知っていたけれど、実感としては知らなかった。
あれから十数年。異国だった中国が、今ではすっかりゆかりの深い場所になった。
幼い頃からパンダが好きで、気がついたら四川省出身の人と結婚していた。現在、義理の両親と共に暮らしているのだが、帰宅すると洗面台にフナが泳いでいるなど、いつも新鮮な驚きがある。
私のわがままで困らせてしまうことはあるものの、基本的にとても仲良く過ごしている。お互いに習慣や感性が違っているということを前提とすると、人との関係はこんなに心地よいものだったのか。違うことが当たり前なので、合わないから許せないという摩擦がない。また、異なるものが多い中で共通点を見つけると、貴重な宝物を発見した気分になる。私と義母の性格は、今まで出会った人の中でもかなり似ているほうだ。
これまで異文化とは、旅の中で出会うようなものだった。今では異文化は当たり前の日常の中にある。しかし、それは習慣の異なる人と生活しているからなのだろうか? 本当はもともと日常の中にあったのではないか。奈良に住む私の祖母は庭にパラソルを出して天ぷらを揚げる。しらたきの上にミカンを盛りつけたりもする。極端な話、人が2人以上いればそれはすべて異文化交流なのかもしれない。
日本で生まれ育ったけれど、日本の中のことはひとくくりで同じ文化で、海外に出さえすれば異文化だ、というのはしっくりこない。ここからここまでが内側で、ここから先が外側、と考えるのはさみしい。知らないことは無数にあり、職業も、趣味も、オカルトも、老いも、経験していないことすべてが異文化だと感じる。一緒に暮らしている中国出身の家族のことを異文化と呼んで、まだ知らない不思議なものたちのことをそう呼ばないのは、違和感がある。
面白がる、ということも興味を持つ入り口としては有効なのかもしれない。だけど、
「見てください、この国ではこんなものを食べる文化が! 信じられないですね!」と誰かの尊い暮らしをコンテンツのように消費し続けるだけでいいのだろうか。異なるということを意識しつつも、私もそうであったかもしれない、という感覚を手放したくはない。
イメージと実際の姿は異なることが多い。パンダのうんこはいい匂いがする。異文化とは線を引くものではなく、身体を使って行き来するものだと思う。すべての知らないこと=異文化に触れ、自分自身のかたちがどんどん変化していった日々をエッセイにした。海外での体験談もあるが、青春時代の黒歴史や日本の珍スポット、家族にまつわる話が多くなった。
一緒に未知の香りをかいでみるつもりで読んでもらえたら嬉しいです。
パンダのうんこはいい匂いの記事をもっと読む
パンダのうんこはいい匂い

四川省までパンダ飼育ボランティアに行くと、仕事がほぼうんこ掃除だった。ラスベガスのレストランで注文すれば生ハムだらけに。食べるために孵化させた鶏なのに、死ぬと荼毘に付す。首吊りショーで命の誕生を感じ、縄文土器で豚汁を煮る。――藤岡みなみさんが心の赴くまま、あちこちへ足を運び、あれやこれやと首を突っ込む。好奇心の向こう側にはいつも、想定外の未来。過去の価値観から解き放たれる、面白異文化エッセイを試し読み!
- バックナンバー










