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パンダのうんこはいい匂い

2026.06.14 公開 ポスト

『パンダのうんこはいい匂い』文庫版発売記念試し読み

はるばる中国の四川省まで行って、パンダのうんこ掃除をしてきた!藤岡みなみ(エッセイスト/タイムトラベラー)

パンダのうんこはいい匂い』……一度見たら、思わず二度見したくなるタイトル!

藤岡さんが好奇心のまま、パンダの飼育ボランティアに行ったり、首吊りショーを見にいったり、卵を孵化させてみたり、縄文土器で豚汁を煮てみたり…といういろんな体験を綴ったエッセイ集の文庫版が発売になりました。

35個のエッセイをまとめた中から、本書のタイトルにもなった「パンダのうんこはいい匂い」をお届けします!

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パンダのうんこはいい匂い

パソコンの整理をしていて、ある写真に目が留まる。その写真の中の私は人生で一番幸福そうな顔をしていた。2012年に中国・四川省でジャイアントパンダの飼育ボランティアをしてから、もう10年の月日が経とうとしている。

幼少期からパンダが好きで、名前の横にいつもパンダの絵を描き、自由研究のテーマは毎年パンダ、大学生になるとパンダに近づくために中国語を勉強し始めた。だから、日本の旅行会社のプランにパンダの飼育員体験付きツアーがあるのもかなり前からチェックしていた。半日飼育員体験で認定証ゲット、午後は四川料理に舌鼓♪ みたいな宣伝ページが今でも頭に焼き付いている。申し込んでみたいなあ、と憧れていた。でも一方で、飼育員体験が半日のみ、という部分がひっかかってもいた。ずっと抱いてきたパンダへの熱い想いは、半日プランには到底収まりきらないと感じたからだ。

世界で一番パン口(こう)密度が高い場所、四川省。ジャイアントパンダ保護研究センター(通称パンダ基地)に一刻も早く行ってみたいけれど、ただ行っただけでは満足できない気がする。半日体験でも足りない。じゃあどうすれば。そんな焦りを抱えつつ、主にインターネットで情報収集を続けていたある日、新たな事実を知った。パンダの飼育ボランティアにはヨーロッパからの参加者が多く、彼らはだいたい2週間、短くても1週間は滞在するらしいのだ。ええ、ずるい。でもいくら探しても日本からのツアーにそんなガッツリコースはない。私も絶対にガッツリコースでパンダ飼育員体験がしたい。周囲にそう言い続けていたら、いつしか詳しい人と知り合い、旅行会社を経由してではなくパンダ基地に飼育員体験を直接申し込めることになった。願いは口に出していると叶う、というよく聞くアレを最も実感したのはこの瞬間だ。わがままとも言う。

四川省にはパンダ基地がいくつかある。日本から最も行きやすいのは直行便もある成都のパンダ基地だが、飼育員体験ができるのは少し離れた雅安(があん)のパンダ基地だった。車でどんどん奥地に進んでいく。走っても走ってもたどり着かない。濃い緑にところどころ霧のかかる雄大な山々。久石譲氏の音楽が似合いそうな大自然だ。中国のパンダ基地では主に、パンダを保護し、繁殖させ、やがて野生に帰すことを目的としている。パンダが野生で生きていくためには豊かな自然環境が必須だ。つまりパンダを保護することは自然を保護することであり、ということはもしかしたらパンダは人間に自然を守らせるための使者なのかも……と、そんなところまで思いを巡らせてしまうほど、遠い遠い道のりだった。

雅安のパンダ基地の敷地は広く、到着してからも小型の園内バスに乗らなければならなかった。そうしてやっと到着した事務所で受付を済ませてから、飼育員用の制服を受け取りさっそく着替えた。カーキ色のつなぎで、胸にパンダの刺繡(ししゅう)ワッペンがついている。これにはときめいた。着ただけで自分のことをさっきより好きになった。

(写真:藤岡みなみ)

パンダ基地に直接申し込んだ結果、私は4日間パンダ飼育ボランティアを体験できることになっていた。当時、医師による中国語の健康証明書と、飼っている猫2匹の資料を提出する必要があった。「着替えたら、パンダ繁殖場に行ってください」とだけ言われ、パンダ繁殖場ってずいぶん直接的な名前だなとか思いながら向かう。そこはブリーディングセンターという看板のついた白い無機質な建物で、中はいくつかの部屋に分かれていた。辺りを見回してみても誰もいない。誰もいないのは困る。どうしたらいい。もしかしたらこの中に飼育員さんがいるのかな、と正面の部屋におそるおそる足を踏み入れると、そこにはいきなりパンダがいた。推定2歳以上、大人の大きなパンダが両手で檻を摑んでこっちを見ている。人間は誰もいない。でもパンダはいる。どうしよう、すみませんすみません。檻越しとはいえ、いきなり素人がパンダと一対一で大丈夫なのか。その距離、わずか50センチ。パンダの鼻息で私の前髪が揺れた。

至近距離でのパンダとの一対一の時間は、それだけでご褒美だった。もうすでにここに来た甲斐があったというものだ。30分ほどうっとり見つめあっていると、本物の飼育員さんが現れた。とても若い。当時24歳の私よりも年下に見える2人組だった。さっそくなにかレクチャーしていただけるのか、と緊張していると「これ、頼むね」と竹ぼうきを手渡された。さっきまでパンダがいた檻の中を掃除するらしい。それからすぐに、飼育ボランティアの本質に気づいた。パンダ飼育ボランティアの内容とは、ほぼうんこ掃除である。そりゃそうだ。なんの専門知識もないのだから、ほかにできることもない。それでもこんなにパンダの近くにいさせてもらえるだけでありがたい。パンダは1日におよそ20キロの竹や笹を食べると言われている。肉を食べないのでうんこも全く臭くない。むしろ草っぽいさわやかないい匂いだ。見た目も繊維質で清潔な感じがする。お湯をかけたら竹のお茶になりそう。ひたすら、食べ終わった竹を回収してうんこを片付ける。終わったら移動して別のパンダ部屋を掃除する。これが1日の主な作業である。1日目を終えた時点ですでに全身筋肉痛になった。

黙々とうんこを片付けていると飼育員に「おっ頑張ってるな」と認められ、たまにおやつの準備をさせてもらえることがある。主食の竹や笹とはまた違うパンダのおやつは、にんじん、りんご、あと謎の黒糖パンだった。この黒糖パン、とてもおいしそうだったのでずっと心に残っている。パンと呼ぶにはかなりみっしりしていて、四角いブロックのようになっているのを切って定められたグラム数にする。300グラム量ってねと言われ、中華包丁でカットした。切った瞬間、黒糖の香りがぶわわと広がり、そのまま口に入れてしまいたい衝動に駆られる。

準備を終えると、なんとパンダに直接おやつをあげることを許してもらえた。1日中うんこを掃除していてよかった。神は見ている。パンダが私の手からおやつを食べてくれるなんて光栄だ。ピンクの舌や臼歯がにゅっと見えて、獣なんだなあ、と思った。優しくて大きな獣。こんなに大きな体で草食なのだ。竹を20キロ食べるなんてそれだけでアゴが疲れるだろう。そんな非合理的で不器用なところがたまらなく好きだ。

明日もおやつを担当させてもらえますように。この数分間のためなら、何時間のうんこ掃除にだって耐えられる気がした。 

(写真:藤岡みなみ)
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パンダのうんこはいい匂い

四川省までパンダ飼育ボランティアに行くと、仕事がほぼうんこ掃除だった。ラスベガスのレストランで注文すれば生ハムだらけに。食べるために孵化させた鶏なのに、死ぬと荼毘に付す。首吊りショーで命の誕生を感じ、縄文土器で豚汁を煮る。――藤岡みなみさんが心の赴くまま、あちこちへ足を運び、あれやこれやと首を突っ込む。好奇心の向こう側にはいつも、想定外の未来。過去の価値観から解き放たれる、面白異文化エッセイを試し読み!

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藤岡みなみ エッセイスト/タイムトラベラー

一九八八年兵庫県淡路島生まれ。文筆業のほか、ラジオパーソナリティやドキュメンタリー映画プロデューサーとしても活動。時間SFと縄文時代が好きで、タイムトラベル専門書店utoutoを東京都板橋区にオープン。著書に『ふやすミニマリスト』『ぼちぼち』『時間旅行者の日記』など。

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