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あなたとわたしの生存確認日記

2026.05.31 公開 ポスト

レモンスカッシュ日和(5月7日)― 舘ひろし愛用の香水。燃え殻

2026年5月7日

渋谷の『喫茶室ルノアール』で、レモンスカッシュを注文した。それくらい東京は夏だった。

二十二歳のとき、お茶の水にあったデザイン会社に、研修という名目で、二週間ほどアルバイトに入ったことがある。小さな会社で、社長は、社長兼カメラマンをしていた。

自分の仕事は雑務全般。社長について撮影アシスタントをしてみたり、事務所の清掃、買い出しなどが主な仕事だった。時給は七百二十円。勤務時間は、朝の八時半から夜九時まで。残業代はなかったが、残業がない日はなかった。

 

社員は五人。全員無口。挨拶以外、一日、日本語を発しない日もザラにあった。

ランチはいつも社長と一緒だったと思う。社長はいい人で、ストレスはなく、ランチ代が浮くのもありがたかった。研修期間は、専門学校の夏休み中だったので、七月の終わりから八月の初め。連日暑い日がつづいていた。

社長はハンバーグが好きで、お茶の水の駅前近くにあった洋食屋に行くことが多かった。食後は必ず、「夏してくか?」と言ってくれた。社長の「夏してくか?」は、喫茶店でレモンスカッシュを飲んでいくか? という意味だった。

あれから三十年が経った。数年前に、たまたま仕事でお茶の水に行く用事があったので、事務所が入っていたマンションを探してみたら、どーしても見つからなかった。住所を調べたら、マンションがあった場所に、新しいビルが二棟建っていた。駅前にあった洋食屋は、跡形もなく消えていた。喫茶店だけは健在だった。その日は初秋だったが、懐かしくてレモンスカッシュを頼んだのを憶えている。

***
喫茶室ルノアールのレモンスカッシュは、クラッシュしたレモンが沈んでいて結構美味しい。

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近くの薬局が、ヴィレッジヴァンガードのように、手書きのポップを多用している。胃薬の横に「奥田民生、愛用!」とか、湿布の棚には「菜々緒さんが雑誌で紹介!」とあった。奥田民生愛用の胃薬を買ってしまった。本当に愛用してるのだろうか……。

昔よく雑誌とかに「芸能人の◯◯さん愛用の香水!」などという宣伝があったのを憶えている。ウソくせ〜とか言いつつ、一度、舘ひろし愛用の香水を買ったことがあった。舘ひろしファンではなかったが、モテそう感がすごくて恩恵に預かりたかった。少し甘くて、スッキリした感じの香りだった気がする。「これが舘ひろしの匂いか……」(大間違い)と手の甲につけて、嗅いでいた気がする。上野アメ横にあった激安香水屋で買った。パチモンだったかもしれない。「サムライ」という青い瓶の香水だった。

最近始めたチャットGPTで『サムライ』を調べると(辞書か!)、『サムライは、フランスの俳優アラン・ドロンが、親交のあった名優・三船敏郎をイメージして1995年にプロデュース』と出てきた。本当だろうか。調べておいてなんだが、まったく油断できない解答だと思った。

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(アイコンイラスト:大橋裕之)

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燃え殻

1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、エッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化(原作と脚本)された。著書に小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『愛と忘却の日々』ほか多数。

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