2026年3月21日
横浜の実家に、出来上がったばかりの文庫『ブルーハワイ』と文庫『それでも日々はつづくから』の二冊を持って行った。お彼岸に来てくれたことを父は喜んでくれた。
今回の文庫の巻末に、母とのことを、あとがきと称して書いた。父はその部分を読んで、「ありがとう」と言ってくれた。
父はまだ元気がない。母のことに話が向くと、それだけで涙がジワッと滲んでくる感じだ。四十九日を終えたばかりなので、仕方のないことだとは思うけれど。
母が好きだった白あんのおまんじゅうを、お茶と一緒に出してくれた。
父は「男の料理」という料理教室に通っている。母のことがあったので、ここ二ヶ月は休んでいたが、明日からまた通い始めるとのこと。どんどんやったほうがいいよ、と告げると、「でも、料理教室に気が合わない奴がいるんだよなあ」と表情が曇る。
聞けば、料理教室に見学に来た人に、勝手に名刺を渡していた人がいたらしい。名刺には「男の料理 会長」と肩書きが入っていたという。父がその人を問い詰めると、「いろいろ連絡事項をまとめたりしているから、会長だと思っていた……」と言い出し、「新しい人の窓口になれればと思って、連絡先を渡していただけだ!」と開き直ったのだとか。
父他、通っている生徒さん(全員七十代以上)はその人(もちろ七十代以上)に、勝手にそういうものを作るな、と口頭で注意し、教室が終わったあとに、もう一度全員で話し合いが持たれたらしい。
その事件から二ヶ月、父は休んでいたので、その自称会長と再会するのが、憂鬱らしい。
横浜郊外の、老人だらけの小さな料理教室でも、勝手な行動を取る人がいるのか、と話を聞いていて、鬱々とした気持ちになった。それじゃあ、世の中から戦争がなくならないわけだ、と大袈裟なことも言いたくなった。
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未だ左耳が聞こえづらい。鼻が詰まり、咳がまだしつこく出る。薬(ステロイド)はちゃんと飲んでいるがイマイチ。
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そういえばこの間、東横線の車内で、おじいさん(推定八十代)とおじいさん(推定九十代)が口論しているところに出くわした。荷物が当たった、当たってない、という話っぽかった。(推定九十代)のおじいさんが「ばかっ!」と大きな声で怒鳴って、周りで見ていた人たちが、え〜っ、という感じで呆れ笑い。あの光景を見たときも、あの年でもまだ争うのか、と鬱々としたのを思い出した。戦争反対。
あなたとわたしの生存確認日記

今日も無事でしたか? 燃え殻さんが毎日配信するレター「底なし日記」より、週に一度一日分を転載します。
(アイコンイラスト:大橋裕之)










