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愛の病

2025.08.22 公開 ポスト

猫と陸亀とわたしの自由狗飼恭子

猫と暮らしている。

毎夏恒例の猫シッター中なのである。とても親しい友人家族が海外へ里帰りする間、猫のお世話を任されたのだ。

猫の気持ちなら心配いらない。そりゃあ家族に置いて行かれる寂しさはあるだろうけれど、猫とわたしはすでに長い間の顔見知りだし、シッター歴も長い。

猫との生活は素晴らしい。

わたしはほとんど家から出ない。だから必然的にわたしと猫は常に一緒にいることになる。わたしは陸亀を飼っているので、正確にはわたしと猫と陸亀が共同生活を送っている。

わたしも猫も陸亀も、一日のほとんどの時間、じっとしているか睡眠中だ。わたしは仕事をしたり本を読んだり携帯を見たり映画やドラマやお笑いを見たりしているのだが、肉体はほぼ動かないから猫からしてみれば何もしていないのとそう変わらないだろう。

いや猫だって、窓の外を見ているだけに見えても頭の中は分からない。ずっと何かを考えているに違いない。陸亀は、ただほんとにぼうっとしているように見えるけれど。

猫は人懐こく甘えん坊だ。にゃーん、と甘い声を出して体をこすりつけてくる。そういうときはだいたいおやつが食べたいのである。おやつはお魚のほぐしたやつだ。

猫はそれから、いつでも体を触らせてくれる。ふかふかと毛が生えていて柔らかく、体温がある。うちの陸亀もいくらでも触らせてくれる子だが、毛が無いし、変温動物なので体温も低い。

うちでは陸亀を部屋に放し飼いしている。当たり前だが猫もそうだ。

最初は陸亀に興味津々だった猫も、ようやく慣れてきたようだ。陸亀は猫を何だと思っているのか何とも思っていないのか、基本的には無視している。ちなみに陸亀は起きているときはだいたい、日向ぼっこをしているかわたしの足元に座っている。猫は、冷えている場所にいるか窓外を見ているかだから、猫も陸亀もそう大差ない。猫と、陸亀と、ついでにわたしはわりと性格が似ているのかもしれない。

以前、犬シッターをしたこともある。

近所の人が入院したので、小型犬を数日間お世話した。犬は常にわたしに気にしてもらおうと必死で、トイレにも台所にもベッドにもついてきた。少し姿を消すとわんわんと吠え、姿を現すとわんわんと吠えた。「あなたが好き、あなたも好きになって?」と常に言われ続けているような気がした。肉体のお世話だけじゃなく、感情労働まで要求された気がして、ちょっとだけ疲れた。

それに引き換え、猫はわたしにおやつ以外を求めない。

猫は、ほとんどすべての時間好き勝手に暮らしている。そういう生き物のほうが圧倒的に気が合う。いつか防犯のために犬でも飼おうと思っていたが、まったくその気はなくなった。一緒に住むなら絶対に猫だ。

最近、一日の一割か二割は猫のことを考えている気がする。

すれ違うたびに体に触れて毛の中に顔をうずめる。猫にとっては「あなたが好き、あなたも好きになって?」と言われ続けているような感じでうんざりだろうか。

この間SNSで、こんな書き込みを見つけた。

「人間の言うことを聞く動物をかしこいって表現するのはおかしい」

確かにそうだ。人の言うことばっか聞くものは賢いとは思えない。自分で考える力があるほうがいい。むしろ、好き勝手に生き抜けるほうが何千倍もかしこい生き物と言える。

かしこさとは要するに、自由を手にする力なのかも。

だとしたら猫はかしこい。陸亀も多分。

わたしも、もしかしたらかしこいのかもしれない。

関連書籍

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1992年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「ストロベリーショートケイクス」「スイートリトルライズ」「遠くでずっとそばにいる」「風の電話」「エゴイスト」、ドラマ脚本に「忘却のサチコ」「神木隆之介の撮休 優しい人」「OZU 東京の女」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。2025年8月22日から脚本を担当したドラマ『塀の中の美容室』(WOWOW)が放映。

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