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愛の病

2025.07.25 公開 ポスト

友達で恋人で相談相手で敵で無狗飼恭子

20代の知人が、「もう恋愛占いとかって人間にしてもらうもんじゃないですよ」と言っていた。

自分のデータ(誕生日、血液型、生まれた場所とかMBTIとか手相)と相手のデータ(同じく)を入れると、AIが総合的科学的に判断した結果を出してくれるのだという。

占いは統計学だから、まあ確かに人間がやるよりも精密かもしれないなあ、と思う。わたしはよく知らない人に自分の情報を開示するのが苦手だし占い師に対して「あなたに言われても」と思ってしまう意地の悪い人間なので、集合知に未来予測される方が信頼できるような気がする。前世占いとか守護霊系とかスピリチュアルを信じたい場合はまた話は違うけれど。

30代の知人は、「今はメールの返信は全部AIにやってもらってる」と言っていた。

・こういう案件を

・堅苦しくなく砕けた雰囲気で(あるいは真面目な感じで、とか、感じよく、とか)

・わたしの口調で

・断ってください

などとお願いすると、その通りの文章が出来上がるのだという。その知人の夫が、

「いやほんと、俺が読んでも彼女が書いたと思っちゃう」

と言っていたくらい、本人ぽいメールができあがるそうだ。

「だからわたしマネージメント事務所辞めて、個人でやることにしたんですよ」

と、その知人は笑いながら言っていた。

「その事務所を辞めるメールもAIに書いてもらったんですけどね」

円満退社だった、と彼女はさらに笑った。

友達に悩みごとの相談はできないからAIにする、とか、恋愛は面倒だから疑似恋人になってもらう、とかいう人たちもいるし、もはや年若い人間たちにとってAIは占い師でマネージャーで友人で恋人なのか、と思うと驚く。わたしはまだ上手くAIを使えていない。翻訳ソフトとして使用しているくらいである。

一方で、絵描きである20代知人はAIに怒りを覚えていた。自分たちの描いた絵を覚えて学習して類似品を作られるのは、トレース問題や盗作問題のグレーゾーンを突かれた根深いものだ。その知人にとってAIは、自分たちの権利や努力や仕事を奪う敵なのである。

いよいよSFの世界だな、と、わたしは少しわくわくしてしまう。

『2001年宇宙の旅』だし『her /世界でひとつの彼女』だし『アフター・ヤン』だし『エクス・マキナ』だし『AI崩壊』だし『インターステラー』だし『ブレードランナー』だし、ってことは『電気羊はアンドロイドの夢を見るか?』だし。

でもあんまり幸福な結末になるAIものの作品って少ないような気がする。それはAIに対するクリエイター人間たちの恐怖心の現れでもあるのだろうけれど。

『コングレス未来会議』という映画があって、これは俳優の演技や声や体型をデジタルデータ化して登録することにより俳優が実際に演じなくても映像作品が出来上がってしまう世界の物語(最近の『ブラック・ミラー』にも同じテーマの作品があった)なのだけれど、これも実際に起こりはじめてはいる。2019年の映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』は渥美清の遺したデータを使って作られたし、最近では松田優作のデータで作られたCMもあった。

2020年に手塚治虫を勉強させたAIが作った「手塚治虫の新作」漫画はつまらなかったらしいが(未読)、2023年にAIが作った「ブラック・ジャック」は面白かったというから(未読)、ほんの数年でAIの創作能力もどんどん進化していっているのだろう。手塚治虫のような天才に追いつけるんだったら、凡人クリエイターたちはすでに追い抜かれているのやも知れない。

人間は進化が遅い。

というか、ほぼ進化しない。老化もするし。人間の作った作品が他者の胸を打つのは技術よりも情熱だったりするから、一番最初に作った作品が最高傑作であることも多い。

わたしが歳を重ねて一番「良かったな」と思うことは、人の痛みが深くわかるようになったことだ。経験したことが増えれば想像力も増える。その想像力は他者の痛みを理解するのにとても役立つ。

AIより人間が優れてると思えることはたぶん、歳を取れること、くらいなのだろう。

あとは実体があることか。AIなんてしょせん無じゃん、とわたしはまだ思っているきらいがある。まあ、AIを掲載したロボットには実体がちゃんとあるけれど。

人間はこれからどんどん減っていく。AIは減らない。むしろ増えていくだろう。そんな未来の世界は『ウォーリー』という映画が描いている。わたしが考える未来なんてすでに誰かが作品にしている。

それでも、AIをそのまま読むとアイになって、日本語では「愛」を意味するっていうの、ものすごく面白いなと思う。たぶんこの面白さは、AIには実感できない。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

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狗飼恭子『愛の病』

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1992年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「ストロベリーショートケイクス」「スイートリトルライズ」「遠くでずっとそばにいる」「風の電話」「エゴイスト」、ドラマ脚本に「忘却のサチコ」「神木隆之介の撮休 優しい人」「OZU 東京の女」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。2025年8月22日から脚本を担当したドラマ『塀の中の美容室』(WOWOW)が放映。

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