
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
さて、今回は様子が変わって、ちょっと不思議なお話。歌舞伎町では、今日もどこかから、こんな声が聞こえてきます。
「そういやあいつ、どこ行ったんだろうな」
* * *
チャイエスの客が消えた
「俺は南熊一家二代目杉本連合会、舎弟頭の横沢ってもんだがよ。てめえ、誰にも話通さねえで、こんなとこでチャイエスなんてやりやがって。舐めてんのか? おう?」
山林会館1階の「ジャンヌダルク」に怒号が飛んだ。
「スミマセン……わからなくテ、ルール」
鬼の形相でメロンソーダをすすりきった横沢は、さくらんぼをつまみながら、今度はトーンを落として語りかける。
「あのねえ。ガイジンでも日本人でも、関係ないのよ。うちのシマでなあ、客引き使って回春エステやって、そんなのはミカジメが必要なの。わかる?」
「スミマセン、ワタシタチ、きたばかり。なにもシラナイ」
「何も知らねえってお前。じゃあどうやって物件借りたんだよ。蛇頭の連中か? ここでシノギかけていいって言ったやつ、連れてこいや。まあ、この横沢の前に、びびって出てこれやしねえだろうけどな、がはははは」
「ジャトー、ワカラナイ。ワタシタチ、きたばかり」
まん丸い手でテーブルをたたき、再度、ジャンヌダルクに怒号を響かせる。
「ワカラナイ、ワカラナイじゃねえんだよ! いいから、おめえの箱行くぞ!」
「箱ワカラナイ、ワタシたちきたばかり」
外国人女性とおぼしき若い女性たちは、お付きの若い者に立たされ、区役所通りをまたぎ雑居マンションへと歩いて行く。
「なんだあ? 空っぽじゃねえか」
不思議なのは、部屋の中ががらんどうだったこと。ローションはおろか、洗体マットも、バスタオルすら見当たらない。
「お、オヤジ。ここ電気つかないっすね」
「なんだと? 電気も引かねえで、何やってたんだ、ここで」
「ムズカシイ、ワカラナイ、ワタシたち」
「あずま通りで声掛けしたサラリーマン、ここに連れてきたの見たって若い衆が言ってんだわ。抜きやったんだろ? おう?」
「ヌキ、ワカラナイ、スミマセン」
横沢もなかなか押しが強いキャラで有名なヤクザだが、女性たちはなぜか、特におびえた様子がない。付き添いの徹は、そのことも不審に思っていた。
「チッ。どうせ俺たちに乗り込みかけられるのがわかって、証拠隠滅したんだろ? だがなあ、ヤクザに証拠はいらねえんだわ。次にポンヒキして連れ込みやってるとこ見たら、上まで引きずりだすからな」
「スミマセン……」
「なんだ、スミマセンスミマセン、って。ヤクルトの角か? おめえは」
事務所に戻った横沢は、終始不可解な様子。
「浩志。お前、あれ知らねえか? 九州ラーメンとこのマンションのガイジン連中」
「知らないっすね。なんですか、それ」
「いやな、そいつらがキャッチしてマンションに客連れ込んでるの、いろんなやつらが見てるんだよ。それで昨日乗り込んだんだけどよ、もぬけの殻なんだな、これが。電気も止まっててよ。まるで狐につままれた気分よ。コンコン、ってな。ガハハハハ」
「もう、なんですか叔父さん、コンコンって」
「なんだあ、浩志。ミカジメが来ん、来ん、って意味だよ。この浩志の馬鹿。がはははは」
「まあでも、この街もいろんな業態がありますからねえ。マジックミラーで着替え見るだけ、とか。あんなのももう何十年もやってるでしょ。そうっすね、俺の推理だと……“内見風俗”とかじゃないですか。何もない部屋で、不動産屋の女性スタッフと事に及ぶ、みたいな」
「おい、浩志。あるわけないだろ、この馬鹿たれ!」
「まあ、白も黒になる街っすからねえ……」
「なんだこの。国語できるからって、うまいこと言いやがって」
南熊一家、二代目杉本連合の夜は長い。
その頃――
「fくっびぃふtヴおんlj;bhcじゅgvkhl」
「%O(&TIUHJKHGJHGJHLH)」
女は薄鼠色の円柱形のボックスを喉に当てる。
「マタ、コワレタ……ホンヤクマシーン……」
「dfsiyhfduftgewlfbhpioew9yfs:p」
ボックスは、ガガッと音を立てた。
「オニイサン、アソバナイ」
リーダー格の女がそう言うと、周りの女たちも一斉にリピートする。
『オニイサン、アソバナイ』
アブダクション。
一般的に「誘拐」を指す言葉だが、宇宙人に連れさられ、人体実験を受けるといった体験を意味することもある。
歌舞伎町では、年間2000件の捜索願が出され、身元不明の遺体が年間300体見つかるとされている。
その半数近くが、このような外国人客引きを装った、シリウス星人の手によるものとは、まだ公式には発表されていない。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。