そして金言は舞い降りた丸山裕子（イラストレーター）

「ちくわのきゅうり！」

ここは居酒屋ではありません。
遠足のお弁当タイムでもありません。
バレエのレッスンスタジオです。

先生の言葉の解読にはわりと自信のある私ですが、あまりに唐突なちくわのきゅうりに頭の中はちくわのきゅうりでいっぱいになりました。

先生はお腹が空いていらっしゃるのかしら？
今日のお弁当のおかずがちくわのきゅうりだったとか？

頭の中をさまざまなちくわのきゅうりが走馬灯のように流れていきます。そして、ちくわのきゅうりに関する考察が始まりました。

最後に食べたのは何時どこでだったか。
滅多に食べないし作りもしないのに、この妙な親近感は何なのか。

思考は時空を彷徨い、それが何かの例えだと気づくのにしばらく時間を要しました。

あ！　ピルエットの軸のこと！？

ようやく気づいたものの、すでに脳内はリアルちくわのきゅうりに占拠され、先生渾身の（？）比喩を身体の動きに結びつけることができません。

するとまた、スタジオに先生の声が響きました。

「頭の真上に帽子があると思って。その帽子に頭をはめにいって！」

ああ、これはわかる！　
明確にイメージできます！

私がそのとき思い浮かべたのは、つばの無い頭にピタリとはまる帽子。昔、中国雑貨店で見かけたあの帽子です。

サテン地のペカペカ光る帽子を頭上に浮かべ、まっすぐ頭をはめに行くと……
あら、なんと言うことでしょう！　
くるりときれいに回れます。

もう一度……
やっぱりきれいに回れます！

いただきました、金言。
ありがとうございます、金言。

今後一生、ピルエットを回るときに、頭の行く先を見失うことはないでしょう。上下前後左右斜め、あらゆる方向に好き勝手にお出かけしがちな私の頭だったけれど、頭上の帽子を思い浮かべれば、迷うことなくまっすぐにあるべき場所に向かって行けます。いつだって。
（とはいえ、頭以外の諸事情により、身体は今後も迷子になる予定です。）

こんなふうに先生は、同じことを何度も、手を変え品を変え言葉を変えて伝えてくださいます。バレエにおける豊かな知識と経験から、あるいは日々の生活の中から、これはと思う表現を探してきては共有してくださいます。

大人がバレエを身につけようとするとき、言葉による伝達はとても重要です。

心身ともに柔軟かつ鋭敏な子どもたちは、先生の美しい見本を見て真似るだけで身につけることができます。
しかし、大人はそうはいきません。見て真似るにあたって、あちこちで渋滞や不具合が起こります。

そもそもちゃんと見えていない。
見えてはいるものの解釈が怪しい。
正しく見て理解したけれど、身体が連動を拒否。
連動したはずの身体が意図を無視、勝手な動きを始める。
身体の動かし方自体が不明。

などなどなど。
まさに、一難去ってまた一難。ハードルに次ぐハードルです。

ある動きをしているときに身体の「内側」の感覚として何が起こっているか、身体の「中」でどこを意識すれば正しい動きに繋げられるか、を言葉で伝えてもらって初めて再現できたりします。

大人バレリーナ、非常にめんどくさいです。

しかし、先生は決して諦めず、可能性を、進歩を信じて伝え続けてくださいます。なんなら大人バレリーナ本人以上に信じてくださっています。
どのタイミングで何が誰に刺さるかわかりません。だからこそ、新しい表現を見つけては逐一共有してくださいます。そして、スタジオの誰か一人でも何かをつかむと、一緒に喜んでくださいます。

ちくわのきゅうりだって、そんなありがたき一言で。
あのとき、リアルちくわのきゅうりに囚われた愚か者がいる一方で、軸の比喩としてのちくわのきゅうりがぶっ刺さった人もいたはずで。

ちくわのきゅうりだけに。ね？
（うまいこと言った！）