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歌舞伎町で待っている君を

2024.09.14 公開 ポスト

「今できる芸は空気椅子しかありません」歌舞伎町の眼鏡ギャルもやってきた下町ホストクラブSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#17

 

三人で乗り込んだタクシーの中ではジャンクな会話が思いのほか弾み、気づけば店の前に到着していた

新規のお客様を連れてきた効果なのか、つぶ貝のように髪を巻き、ピンク色の服を纏った女を連れた我々新人2人は時間に遅れたことを咎められることなく店に入る

つぶ貝ピンクはお店の奥の方へ案内され私達と切り離された

初回の説明を黒服から受けて、そわそわしているのが遠目からでもわかった

パラパラ男はあとでちゃんと時間くださいね的なことを店長に告げて、他のヘルプへ回った

店長はやや怖い目をしながら私に話しかける

お前はキャッチ、ダメだったの?

 はい

サボっただろ

 いえ、そんなことは

わかるんだよ

 すみません

あっ、サボったのね やっぱ

 え?すみません

じゃーお前あそこつけ 

店長は、浮腫んだ指で団体のお客様を指差す

 たくさん人いますけど、大丈夫ですか?

仕事しろ

 はい

私はキッチンから綺麗に陳列してある小ぶりのグラスを取って、団体客の席に向かった

失礼します などの声は全く届かず、テーブルの一番隅っこに座った

団体中央には男性客二人が足を広げてソファに深々と座っている

片方はやけに筋肉質で、もう片方はさらに恰幅が良い

年齢は二人とも四十手前だろうか

その二人を囲うように見たことのない女性たちが三人ソファに浅く腰掛けていた

テーブルには様々な銘柄の茶色いお酒が並んでいて、皆バラバラなものを飲んでいる

隣にいる小蝿達は恐らく焼酎であろう透明な液体を飲んでいる

私も頂いてもいいですか?という言葉を発する隙間のない雰囲気に飲まれていると、恰幅の良い男性からお前も飲めよと一番安そうな茶色いお酒を注いで貰った

頂きます と乾杯を忘れて飲んでしまった

しまったという顔をしていると筋肉でTシャツがピチピチになっている男から、お叱りを受ける

お前、糞新人だな やり直せよ

けらけらと乾燥した笑い声が響く

もう一度、安そうな茶色いお酒を自ら注いで、フロアに膝を落とし、恰幅男から順に乾杯し、一気に飲み干した

いや、そうじゃねーんだよ 誰も飲めとは言ってねーし 面白くねーし お前なんかやれよ

頭が真っ白になった私は、圧迫された脳味噌をできる限りフル回転させる

改めて芸の無さを思い知ったことは言うまでもないが、ひとまず座っている椅子から降りて、その場で正座してみせる、という芸というにはあまりに稚拙な行為をしてみせた

いや、それもちげーし、お前なんかやべーな

 すみません、それでは空気椅子ではどうでしょうか? 僕は席を抜けるまでいっさい苦痛 な表情は致しませんし、これぐらいしか今現在できる事がなく、申し訳なく思っておりま す

よくわかんねーけど、わかったよ

そのまま空気椅子の体制になり、ひたすら痛みと向き合う

それ以降、私に会話は振られることはなかった

痺れが限界にきて、尻餅をついた

てめーだめじゃねーかよ

その言葉にようやく私の方を振り向いた団体は、全員がやや引き攣った笑いを作った

その後、筋肉男が飲んでいた残り少なくはない茶色い酒を私に向かってビシャっと掛けた

ワイシャツは濡れ、胸がひんやりとする

恰幅男がふらっと立ち上がり、私の弱った目を見ながら口を開く

お前ちょっと頑張ったから盃やるよ

お前、両手で器つくれ

私は両手で窪みの浅い器の形を作る

恰幅男は、不幸そうな茶色い酒を一気に口に含み、唾液と共に私の器に吐き出した

早く飲めよ 好きなんだろ 一気

返事をする前に一気に飲み干した

ありがとうございます

ケラケラと薄い笑い声がまた響く そのまま私は席を抜けた

沸々とした感情のまま携帯電話を開くと眼鏡ギャルからメールが届いていた

店遠いじゃねーかよ 迎えこい 

 うん 今から行く

薄く茶色に染まった濡れたままのワイシャツで駅まで迎えに行く

眼鏡ギャルは、昨日より更に派手な衣服を身に纏い行き交う人々から避けられているように見えた

私の姿を確認して、小走りで駆け寄ってきた

おせーよダーリン なんだそのワイシャツの染み

 さっき男のお客さんに掛けられたんだよ

ウケる その席の近くに座らせてよ

 聞いてみる

眼鏡ギャルは浮かれながらスキップをし始め、お店の扉を開く

店長に席配置の状況を確認し、問題なさそうだったので、団体客の目の前の席に座ることになった

眼鏡ギャルは、団体客を指差しながら、昨日より少し濃い色の唇を開いた

あれに掛けられたの?

 うん

理由は?

 俺が仕事できないからじゃない?

ウケる

 盃とか言って男が吐いた酒を両手に溜めて飲んだ

ウケる

後でもう一回ヘルプ着いて、盃してもらってよ

 なんで?

面白そうだから

 うん

じゃあ、なんか面白いからシャンパンいくか!!

 ありがとう

ウケる

刻んでいくか、ヴーヴ三本にしよ

 ありがとう

全部ダーリンが飲むんだよ あたしはマリブコーク

 ありがとうございます

店が暇なせいかオーダーすると勢いよく照明が落ちて、早速シャンパンクーラーに入ったヴーヴが三本運ばれてきた

マイクで私の名前が告げられ、拍手が巻き起こる

目の前の団体客は、なんとなく不機嫌そうな顔でこちらを見ている気がした

その頃、つぶ貝ピンクは小蝿どもに囲まれて、一言も発さぬまま携帯電話を弄っていた

どう考えても飲みきれないヴーヴの量に、困惑しているとパラパラ男が席にやってきた

スマートに席に着地したパラパラ男は、挨拶をしてから一言も喋ることなく手際よくテーブルを整えた

救世主パラパラ男の登場により眼鏡ギャルの機嫌はやや上向きになったようで、それを見計らって私はゲロ女と言ってごめんなさいと昨夜の無礼を詫びた

許されたのかわからないが、少しずつ会話が弾み出し、私はまた盃をもらいに行くことになった

 

名を知らぬ誰かが寝てた膝上で寝たふりしてるラッパスイセン

 

幸福な御神籤のごと振っている残り僅かなハイチオールC

 

ふらふらと君の血を吸う蚊のようにドンペリニヨンで遊ばれている

 

宛名なき金の小箱に群がった子犬にひとつお菓子を渡す

 

日曜は神様の顔を見れなくてコンクリートをじっとりと踏む

(写真:SHUN)

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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