下町ホスト#18
席を立ったものの、またあの席に着いて良いものなのか分からない私は店長に尋ねる前にスタッフルームに寄り煙草に火をつけた
鏡の前に立ち、まだほんのり湿っているワイシャツを乾いたおしぼりで拭いて、たまたま目についた誰のものかわからない青い香水を振りかけてみた
吸って間も無く消された吸殻や根元まできっちり灰となった吸殻の隙間で火を消して、店長の元へ向かう
店長は相変わらず怠そうにキャッシャーで携帯電話を定期的なリズムで弄っている
あの席にもう一度着きたい旨を私が恐る恐る伝えると、キャッシャーからゆらりと出てきて、欠伸混じりに丁寧に席の状況を説明してくれた
席で指名をもらっている担当はどうやら美しい青年らしい
男性客は長くこの店に通ってくれている常連様で、周りにいる女性は近くの韓国クラブのキャストらしい
最後に、なぜもう一度着きたいのか?という問いに対して、悔しかったからですというありふれた返答をした
特にアドバイスめいたものはなかったが、店長はコツンと頷き、次にヘルプが入れ替わるタイミングで着かせて貰えることになった
席をチラチラ見ていると、歴の長そうなホストが率先して男性客と話し、隅っこ組ホストは口を開くことなく静かに座っている
私の目的はある意味また馬鹿にされ、あしらわれる姿を眼鏡ギャルに見せることだ
しかし、咽返すような悔しさを後悔に変えたくない私はひっそりと爪を研いだ
つぶ貝ピンクが、お気に入りのホストを見つけて、笑顔の回数が増え始めた頃、隅っこ組が交代し始めた
私はキッチンから先ほどより乱雑に置かれているグラスを手に取り、またあの席へ向かう
先程よりもゆっくりした動きでお辞儀をしてから、大きな声で、改めてお席ご一緒してもよろしいでしょうか?と声帯を震わせた
思いほか緊張しているのか私の足も震えている
恰幅の良い男は、そんな私を見て、先ほどより柔らかく頷いたように見えた
筋肉男は、ガラガラした声で私に問う
お前なんでまた来たの?
先ほど何もできず、悔しいのでまた来させて頂きました
あの席、お前の席?
はい!そうです
へー やるじゃん
とんでもないです あの子のお陰です
眼鏡ギャルは定期的にヴーヴを入れてくれて、その度にマイクで私の名前がアナウンスされた
そのお陰もあるのか、男性客の席で先ほどまで感じた蔑みや嘲笑は幾分和らぎ、今度はたわいもない会話にすんなり入ることができた
少し時間が経って、美しい青年が席に現れた
遅れてしまってすみません兄さん、何か粗相無かったですか?
筋肉男が一連の私との出来事を笑いながら報告し、美しい青年は厳しい表情で私をみた
こいつまだ新人なんで大目にみてやって下さい
そう言ってど真ん中のヘルプ椅子に座り、丁寧な仕草で乾杯をした
ちょうどグラスが全員と重なり終えた頃、また眼鏡ギャルがヴーヴを入れ、店内が活気付いた
筋肉男と恰幅男が声を揃えたように私に尋ねる
お前どこであの子と知り合ったの?
昨日、歌舞伎町のクラブで知り合いました
まぢかよ すげーなお前
そういえば、あんたも歌舞伎町いたんだっけ?
突然の質問に、美しい青年の目が小刻みに泳ぐ
美しい青年は笑顔をゆっくり作りながら、質問に答える
まあその話はもう少し飲んでからにしましょ兄さん
私はトントンと内勤に肩を叩かれ、席を抜けるよう指示を受けた
最後に、またあの盃がほしい旨を筋肉男に伝え、今度は口からではなく、ボトルから私の手で作った肉の器に注いでもらって一気に飲み干し、最後に大きく一礼して席を抜けた
すぐに眼鏡ギャルの席に戻り、ほぼ満タンのまま汗をかいているヴーヴをボトルごと手渡される
盃見てたけど、つまんねーなー
これ全部飲んだら許してやるよダーリン
少し痰の絡まったような声でそう言うと、眼鏡ギャルはボトルを少しずつ傾けて、私の喉奥へ液体を流し込む
逆流する炭酸の泡が溢れないように、喉をめいいっぱい広げて、ドクドクと流し込む
飲みながらちらりとまだヘルプについてくれているパラパラ男に目線を向けると、私と同じように顔を真っ赤にしながら、ドクドクとヴーヴを流し込んでいた
ラストソングに向けて店内は少しずつ慌ただしくなってゆく
頭だけ八百円で買ってきた長髪の人くちびる青し
ひとしずくまたひとしずくおろそかな明日を冷やす腐った掟
夕暮れに荒く削った氷塊をねっとり溶かすお前の涎
腹奥の知らない音が喉奥に迫る間は優しくいよう
寝息すら消えてなくなる褐色のベットの隅は黒く汚れた
歌舞伎町で待っている君を
歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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