
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
* * *
元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第15回 薬丸岳『罪の境界』

れが、無差別通り魔事件の被害者となった
飯山晃弘の最期の言葉だった。自らも重傷を
負った明香里だったが、身代わりとなって死
んでしまった飯山の言葉を伝えるために、彼
の人生を辿り始める。この言葉は誰に向けた
ものだったのか、約束とは何なのか。慟哭の
真実が明らかになる感動のミステリー。
こんにちは。教誨と教戒の境目がわからないアルパカ内田です。
渋谷のスクランブル交差点で起きた無差別殺傷事件。思いもよらない惨劇をきっかけとしたこの物語は、衝撃的なだけではない。人間の奥底に眠っている感情の塊をありのままに呼び起こすような迫力がある。一瞬たりとも見逃してはならない高密度な約500ページ。震えるような魂の叫びをどうか存分に聞き取ってもらいたい。
幸せな日常を一瞬にして奪われ心にも身体にも大きな後遺症を負った被害者の女性が、自分を助けようとして命を失った見ず知らずの男性の正体を突き止めようとする。彼が残した今際の言葉、「約束は守った……伝えてほしい……」はいったい誰にむけられたものだったのか。この謎解きだけでも第一級のミステリーである。
もうひとつのストーリーの軸は加害者に取材するライターの視点だ。犯罪は絶対的に許されないが、罪を犯した者にも人知れず抱え込んでいた事情があった。ここで浮き彫りにされるのは現代日本が抱える病巣ともいうべき子どもの虐待問題。この時代が生み出してしまった狂気から社会派の切り口も味わえる。
親と子、生と死、光と闇、善と悪といった「境界」を切実に感じさせながら物語は展開していく。一筋縄ではいかぬ人間ドラマが重層的に絡み合い、終盤の法廷シーンに息を呑む。取り戻せない罪の深さには胸を締めつけられるが、著者の視線は人間的で優しく、未来へと向けられている。いま最も信頼の置ける作品であることに間違いない。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
三國清三『三流シェフ』

人の神様”に近づきたくて生やした口髭、
30歳での開業とバッシング、ミシュランとの
決裂―。時代の寵児と言われながら、が
むしゃらに突っ走ってきたぼくが、一大決心
をして「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉店する理
由と、ぼくが戦ってきた人生のすべて。
一方こちらは天才シェフのノンフィクション。フレンチのカリスマ・三國清三の自伝である。
北海道の漁村・増毛に生まれ、中学校卒業を機に単身札幌に出て、昼間は住み込みで働きながら、夜間の調理専修学校に通った。ある日、住み込み先でハンバーグが出てくる。少年は見たこともなかった。初めて食べて思わず声を漏らす。「旨め、旨め」。市内の高級ホテル「札幌グランドホテル」ではさらに本格的なハンバーグを出すと知ると、わずかな糸を手繰り寄せるようにして、なんとか厨房で働き始める。
そこから料理人の道を歩む。休まなかった。寝なかった。仕事以外のことは何も考えなかった。当時を三國は振り返る。「必死だったのは、なにもできないし、なにも知らなかったからでもある」と。
やがて東京・帝国ホテルに職を得て、その後スイスの日本大使専属の料理人に転身する。すべてはまったく順調ではなかった。行く先々でトラブルに遭い、絶望もした。だが、そんなとき、冬の荒れた海で船を漕ぐ三國少年に父が呟いた言葉を思い出す。「大波が来たら逃げるな。船の真正面からぶつかってけ」。逃げて船腹に大波を受ければ沈没するように、どんな困難にも舳先をまっすぐに向けて立ち向かうしかないのだ。
15歳で親元を離れた三國は、いま68歳になった。世界中のシェフが憧れる存在になり、東京・四谷のグランメゾンに加え、全国に店舗をもつ成功者だ。それでも自分を「三流」と称し、すべてをリセットし、新たな道を歩もうと決めた。小手先の努力では何も得られない。
読者は三國の人生を追体験しながら、前を向く力を得られる。こんな熱い本を年末年始に読めるのは幸せだ!
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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