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ライムスター宇多丸のお悩み相談室

2022.12.08 公開 ツイート

刊行記念対談 #1

悩みって、相談って、なんだ? 宇多丸/星野概念

今夏に刊行された『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』。本書は「女子部JAPAN」で長年行われてきた人気連載を1冊にまとめたもの。今回は刊行記念として、精神科医の星野概念さんをお招きし「悩みを聞くってどういうこと?」をテーマにした対談が実現!ロングシリーズとしてお届けします。第1回のテーマは「そもそもお悩み相談って」です。<構成・文:森田雄飛(桃山商事)>
※こちらの記事は、2022年10月16日に本屋B&Bにて行われた対談を元に構成しています。

星野さんは「いとうせいこうさんを助けている人」というイメージ

宇多丸 僕と星野さんは今日が初対面なのですが、今回なぜ星野さんをお呼びしたかというと、この『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』という本を出すに当たって、人の話を聞いたり、悩みに向き合ったりされているプロのお話を一度直接聞いてみたいと思ったんです。それで誰をという時に、星野さんがまず頭に浮かびました。そもそも僕は、星野さんがいとうせいこうさんと出された『ラブという薬』に、たいへん感銘を受けたんですね。

星野 ありがとうございます。僕、あの、武道館で観てた人と話してるんだなっていう不思議な感覚がさっきからずっとありまして。

宇多丸 ライムスターの武道館ライブ(2007年3月)のことですか?

星野 そうです。先ほど楽屋でお話ししていた時からそうだったんですが、宇多丸さんはすごく腰が低いじゃないですか。「やっぱり大物っていうのは腰が低いんだな」って思ってました(笑)

宇多丸 大物かどうかはわかりませんけど(笑)武道館に来てくれていたんですね。

星野 はい。まずそれは言っておかないと自分が変な感じになってしまうなと思って。緊張なのかなんなのか、よくわからない感覚になってます。

宇多丸 それは恐縮です。僕は今日、星野さんに教えを乞おうと思ってここに来ました。僕にとって星野さんは「いとうせいこうさんを助けている人」なんです。いとうさんは、ラップ業界の数少ない先輩というか、僕がやっていることのすべての先輩……というにはおこがましい程のとんでもない先達で、もちろん未だに大活躍されている方なので、追いつける気がしないという方です。そのいとうさんが、メンタル面の主治医として星野さんに信頼を置き、胸を開いてお話をして、助けられている。つまり僕からすると、師匠の更にその上みたいな。

星野 そして「その上」が弟子のライブを観に行っているという……循環ですね。

宇多丸 三すくみ、みたいな(笑)じゃあ、おあいこということで。

星野 いえいえいえいえいえ、冗談です、すいません。

最初は「一刀両断スタイル」を目指していた

宇多丸 話を戻すと、この本は「女子部JAPAN」というWebサイトの連載をまとめ直したもので、投稿されたお悩みの文面を読んでそれに答えるという、よくあるお悩み相談のフォーマットになっています。

星野 でも内容は、普通のお悩み相談本とは全然違いますよね。一刀両断で決めつけたりするものではないというか。

宇多丸 くどくどくどくどしてますよね。実は最初の頃は、「一刀両断!」みたいな雰囲気を目指していたんです。ラッパーだし、いいだろうと思って。でもやっていくうちに、それじゃよくないな……と。

星野 どういうところがよくないと思ったんですか?

宇多丸 まずそもそも「女子部JAPAN」という媒体で、僕のような男性が女性のお悩みに回答している時に、「一刀両断」っておまえどの立場でやってるんだよ! というのがありましたね。

星野 なるほど。

宇多丸 あとはシンプルに「一刀両断は難しい」というのもあって。事前に「答え」なんてこっちにはないというか。相談文を読んで「こうだよね、ああだよね」と、ぐにぐにと紆余曲折して、結果的に最初に言ってたことと全然違う結論が出ることも多いですし。

星野 その「ぐにぐに」は、実際にはどういうプロセスで進められているんですか?

宇多丸 まず、この本をまとめてくれているこばなみ(小林奈巳)と会って話すところからスタートします。それで、相談文に対して適切な答えや着地めいたものが出るかどうかわからないけど、とにかくやってみるという感じで話し始めるんです。そこから二人で「これってこうじゃない? ああじゃない?」と色々やって、その音声をこばなみが文字起こしして文章にしてくれます。それを僕が加筆修正して、余計なところは削って、論旨を整えてまとめていく感じです。

星野 すごく丁寧に作られてますね。

宇多丸 だから生だとできないですね。ラジオとかで、送られてきたお悩みにその場でいきなり答えるみたいなことは、自分はできないとよく言っています。それだけ慎重にやっているということかもしれないけど、「この答えでいいのかな、大丈夫なのかな」と毎週思いながら出してます。そういうこともあって、一度プロの話を聞いとかないと危ねえぞと思うようになりました。

お悩み相談には「主訴」しかない

星野 この書籍を拝読して、めちゃめちゃすごいなと思ったんです。実は僕も以前、とある媒体でお悩み相談にトライしたことがあるんですよ。でも全然うまくできなかった……お悩み相談って、診療でいうと「主訴(しゅそ)」しかないんです。

宇多丸 「主訴」って何ですか?

星野 「こういうことで困って来ました」みたいなものですね。主訴を聞いて、じゃあその困りごとをもうちょっと詳しく聞かせてもらえますか、となるわけです。初めての相手だと、そこから60分とか90分とか話を聞いていきます。それで、「なるほどそういう状況があって、その流れがあって、もともとこういう感じに育ってきた人で、さらにいくつかの事情が重なってこの状態になって、今、これぐらい困ってるんですか……ね? 合ってます?」みたいな感じで確認していくんですね。普段そうやっている僕からするとお悩み相談ってめちゃめちゃ難しくて、できなくなってしまった。

宇多丸 そうなんですね。

星野 でも世の中には、お悩み相談のヒットメーカーがいらっしゃるじゃないですか。

宇多丸 巨匠たちがいますよね。

星野 僕の世代で言えば、ホットドッグプレスの……。

宇多丸 北方謙三さんの「試みの地平線」。

星野 そうですそうです。

宇多丸 ひとつの型としてありますよね。今だと伊集院静さんとか、女性ならジェーン・スーとか。

星野 それってやっぱり、その人達のキャラクターがあるから成立するんですよね。アントニオ猪木にビンタされに行くみたいな

宇多丸 確かに!

星野 お悩み相談というよりも、その型を水戸黄門的な感じで……って、猪木とか水戸黄門とか出てきて訳わかんなくなってるんですけど(笑)

宇多丸 いや、わかりますわかります。猪木のビンタがわかりやすいですね。

星野 要は、「お約束な感じがあらかじめあって、そこに落とし込むための題材がお悩み」という構造になっている。それで成立するのがいわゆるお悩み相談で、でもそれって実は相談にはなっていないなと、ずっと感じていたんですよ。相談はもっと緻密にしないといけないよなあと。

宇多丸 そうなんですよね。

星野 でもこの本で宇多丸さんは、さっきご自身でもおっしゃってましたけど、めちゃめちゃ多層的にアプローチしてるじゃないですか。こうだと思うんだけど、しかしそういう視点もあるよな、よくよく考えてみたらこうだよな……みたいな。いろんな側面から考えを尽くすっていうのは、宇多丸さんの元々のクセみたいなものなんでしょうか?

宇多丸 そういう考え方をする癖(へき)はあるかもしれないですね。

星野 ラジオで映画の話をされる時も、一側面では終わらせないですよね。

宇多丸 そうありたいですけどねえ。この連載に関して言えば、やっぱりこばなみと、あとライムスターのマネージャーの小山内さんがいて、話しながらやっているという形式が大きい気がします。

星野 どの回もいつもちょうどいいところで終わるんですけど、結論を出しきらないで終わっている回とかもある。そういうお悩みの扱い方ってなかなかできないですよ。これ、その場に相談者の方がいるのなら話は別ですよね。宇多丸さんとこばなみさんが話していて、「今、こんな感じになってるんだけど、相談者さん的にはどうですか?」って。

宇多丸 「これで合ってますかね?」みたいなね。

星野 そういうのができればいいと思うんですが、それはナシで、多層的に色々な視点が入ったまま、毎回しっかり回答に落とし込んでいるのは、相当なエネルギーを使ってやられているんだろうなと想像します。それが本当にすごいなと思いましたし、なんかその、北方謙三さんとか伊集院静さんとかみたいに……

宇多丸 二大巨頭(笑)

星野 そのお二人の代わりって、誰もできないじゃないですか。でも宇多丸さんのお悩み相談は、これはいい意味で言うんですが、とにかく丁寧にやることで「宇多丸さんだからできる」ものではないところまで落とし込んでいると思ったんです。それは労力が途方もなくかかることで、そんなことを毎週やってるなんて、とんでもないなと思います。

「そんなこともありましたね」という事後の報告

宇多丸 ありがとうございます。ただ、最近はどんどん迷いが出てきて、「これでいいのかな?」ってビクビクしながら答えてます。だから丁寧にもなるんですが、丁寧にも限界があるわけです。

星野 それはそうですよね。

宇多丸 それで不安に思っているところもあるんですけど、Web連載なので、「あの後こうなりました」という事後の報告をいただくことがあるんですね。そのことが結構、モチベーションになっているところはあります。

星野 はい、はい。

宇多丸 もちろん、回答が良くないと思った人は事後の報告なんてわざわざ送ってこないから、そこはバイアスがあるんだけど、まあ役に立っている例があるならよかったなとは思いますね。

星野 この本のおわりには、事後報告的なお便りがたくさん載ってますよね。宇多丸さんが割と辛辣に回答されていた方からもお便りが来ていて、「この理由で回答が自分には刺さりました。その後こうなりました」みたいなキャッチボールが成立しているという点も、すごいことだと思いました。

宇多丸 面白いのは、僕らが言ったことがそのまま解決につながったわけではないケースが結構あるところです。くどくど色々言われて、結局それは違ったんだけど、なんか楽になりました……みたいな。要は、「話を聞いて、受け止めて、返す」というだけで、それなりに意味があるってことなんだろうと理解しています。それこそカウンセリングに近い感じなのかもしれないですけど。ドンピシャで大正解とか、これが役に立ちましたみたいなことは意外と少なくて、「そういえばそんなこともありましたね」みたいな感じ。そういうお便りを読むと、すごくホッとしますね。

すべての相談は『グレイテスト・ラヴ・オブ・オール』に通ずる

星野 この本で、「子どものいる恋人に結婚したいと伝えたら『それはできない』とフラれて、3年近くその人のことを引きずってしまっていて、新しい恋人もできない。自己肯定感が低いこともあり、心が八方塞がり」という女性の相談が出てきます。そこで色々考察されるなかで、宇多丸さんが「それはまず、自分を愛することが必要なんじゃないか」と言ってホイットニー・ヒューストンの歌をすすめるというくだりがあるじゃないですか。

宇多丸 『グレイテスト・ラヴ・オブ・オール』ですね。

星野 あんなアドバイスをできる専門家、いないよなと思いました。

宇多丸 だいたいどの相談も、『グレイテスト・ラヴ・オブ・オール』をすすめれば終わり、っていうのはあるんですけどね(笑)それこそ北方謙三の決めゼリフに匹敵する必殺技みたいなところがあって。

星野 そうかもしれないですけど、質や方向性は違いますよね。さっきの相談に関して言うと、自分のことを否定的に見たりとか、自分のことを疑ったりっていうのは、簡単にできると思うんです。

宇多丸 ちょっとしたきっかけでそうなっちゃいますよね。

星野 でも自分を褒めるとか自分を愛することって、すごく難しいじゃないですか。

宇多丸 ね~。っていうかそれさえできてれば、別にいいですよね。

星野 そうなんですよ。

宇多丸 だからこそ、どうやって行動につなげることができるのか、そのためにどうしたらいいのかをいつも考えちゃうんですよね。結論・出口は「自分を愛せ」でいいけど、でもそれはどうしたらできるの? って。

星野 そうなんですよね。

宇多丸 そもそもそれって自分だけで可能なのか? ……とも思うし。基本的には、愛って人からもらうものじゃないですか。「あの人がそう言ってくれるなら大丈夫かな」とか、「自分には恋人がいるから、まあガチで愛されてないことはないだろう」と考えることができるわけですよね。だからギリギリの回答として「最悪、犬を飼え」って言ってますね。

星野 ははははは。

宇多丸 「犬は絶対に肯定してくれるから」みたいなことは言われがちだけど、それもあながち冗談ではないと思っていて。自分の頭だけで自分を否定していた人が、急に「いや、そんなことない!」って心から思えるのかというと、かなり疑問がありますね。

星野 そこが難しいですけど、ただ、その気づきをどこかで得て、自分のことを自分で愛することをやってみようと一歩踏み出し始めたら、すごく強いと思うんですよ。だって、犬も時々噛むじゃないですか。

宇多丸 犬さえ(笑)

星野 犬は、そういうつもりで噛んでるわけじゃないかもしれないけど、落ち込んでる時にじゃれてきてガブってやられたら、「ああ、こいつも噛んでくるのか」みたいになると思うんです。

宇多丸 確かにそうですね。悪いことが重なる時って、全部を線でつなげちゃうから。実際のところ、「犬にすら吠えられた……」みたいな日、ありますね。

星野 そうなると辛くなってしまいますよね。

宇多丸 確かに。だからやっぱり、最終的には自分で自分に愛を供給できるようになることが大事なんだな。実はすべての人生相談は、「自分はそれでいいんだ」と思えませんかね? ……っていうところに行き着くことなのかなと思います。

星野 そうなれることが、何よりも大事なんでしょうね。

宇多丸 一方で、「それができないんだ」と訴えている人に、比較的恵まれていて、本当の意味で追い詰められたり傷つけられたりしたことがない僕のような人間が、何を言ったらいいんだろう、みたいなことを考えてしまうこともあります。

星野 わかります。でも宇多丸さんはこの本や連載で、相談者さんが「自分はそれでいい」と思えるようになるために、できる限り考え尽くすことを続けられているんだと思います。一個一個のお悩みに対して考え尽くしていくことで、ちょっとずつ変化が起きるかもしれない……起きてくれ、頼むっていう思いや姿勢が、読んでいて伝わってくるんですよね。

宇多丸 恐縮です!

(第2回に続く)

*   *   *

ライムスター宇多丸さんの人生相談本『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』も併せてお楽しみください。

関連書籍

宇多丸/小林奈巳(女子部JAPAN)『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』

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宇多丸 ラッパー、ラジオパーソナリティ

1969年東京都生まれ。早稲田大学在学中にMummy-Dと出会いヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。ジャパニーズ・ヒップホップシーンを開拓/牽引し、結成30年をこえた現在も、アーティストとして驚異的な活躍を続けている。2007年にはTBSラジオで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』がスタート。09年に「ギャラクシー賞」ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞するなど、ラジオパーソナリティとしても活躍。同番組内の映画批評コーナーなどが人気を博す。18年4月からは、同局で月~金曜日18~21時の生放送ワイド番組『アフター6ジャンクション』でメインパーソナリティをつとめている。著書に『ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門』『森田芳光全映画』『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』などがある。

星野概念 精神科医

1978年生まれ。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著『ラブという薬』『自由というサプリ』(以上、リトル・モア)『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』(ミシマ社)がある。

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