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本屋の時間

2022.11.01 公開 ポスト

第144回

わたしに「推し」の本はない辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

 

先日、ツイッターのタイムラインに、すかっと、胸のすくようなツイートを見かけた。多くの反応があったツイートなので、ご覧になった方もいるかもしれない。図書館がこれまでに貸出が一度もなかった本から選書した〈貸出ゼロコーナー〉を設け、それを見た投稿者が「誰も読んでいない本を読むなんて最高」と、そこから何冊か借りてみたというのだ。

誰かに読まれることになって、その本もきっと嬉しいだろう。わたしはこのツイートを見て、都築響一さんの『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』という本を思い出した。正直に告白すれば、わたしはその本を読んだことがない。以前に勤めていた名古屋の店に、都築さんの「だれも買わない」が入ってきて、印象的な名前の本だなと思いそのことをいままで覚えていただけだ。しかしそのタイトルには、世の流行りには目もくれず、自分のやるべき仕事を行おうとする強い意志が感じられ、いまになって強く心を動かされる。今度読んでみようと思う。

開店以来約七年、一度も売れることなくそこにある本はTitleにももちろん存在する。ここでその書名を公表すれば、その本のことを不憫に思った誰かがわざわざ店に来て買ってしまうかもしれないので(それは自然なことではない)、あえて調べたり探そうとは思わない。しかし周りをよくよく見渡してみれば、店にある在庫のうち4分の1くらいは、これまで誰にも買われることなくそこにあるのではないだろうか。たまにお客さんが持ってきた本で、ページの上部にうっすら埃が積もっている本があるが、それを見た時などは、あぁ、いままでずっと誰からも手に取られなかったのだと、胸が少し苦しくなる。願わくば店にある本すべて、その本を待つ誰かが、きっとどこかにいてほしい。

 

誰も買わない本がある一方で、店には売れている本もたくさんある。よく、「いまどういった本が売れるのですか」と尋ねられることがあるが、冗談か禅問答のように聞こえても、「売れてる本が売れます」と答えるのが、いまという時代の気分をいちばん表しているように思う。

これはわたしに限った話だが、何かの賞を貰ったり世間的に売れている本に関しては、なるべく力を抜くよう心がけている。ここで言う「力を抜く」とは、何度も大きな声で宣伝はせず、そこにさりげなく置いておくといったくらいの意味。力を入れないのは、別に自分がしなくてもほかの誰かがそうするだろうから、全体としてはつりあいがとれると思ってのことだ。もちろん生来のあまのじゃくもあるだろうし、妬いているところだって少なからずある。しかし現実には難しくても、少なくとも一度店に置いた本に関しては、なるべくなら均等に、一冊ずつ気にかけたいと思っているのだ。そう、気持ちのうえでは。

出版社が自社から出した本の宣伝に励むのはあたりまえの話だが、本屋までもがそれに倣い、売れている本だけにべったり追随するのはよくない。「ああ、そうした本もあったよね」というくらい、あえてフラットに広く構えていたいものだ。右手では売れ筋を切らさぬよう目を光らせつつ、左手では(ちなみにわたしは左利きである)店全体のバランスをとり、本の多様性を確保する仕事を心がける。あらゆる本があっての、その一冊なのだから。

同じような意味で、「おすすめ本」という依頼に関してもいつも少しだけ困っている。もちろん仕事なのだから、その時々で好ましいと思っている本をいつも紹介しているが、何もその一冊だけが特別な訳ではないと、心のどこかで言いたい自分もいる。わたしはその一冊だけではなく、本という本すべてを推したい気持ちでいるので、いわゆる「推しの本」というのは存在しないのだ……

 

と、ここまで力強く書いて思い出したが、この連載にも「今回のおすすめ本」というコーナーがあった。さんざん格好をつけて書いてしまったうえ、このあと紹介される本も気の毒なので、今回のおすすめ本はお休みします。ちなみにこのコーナーは、「こんな企画があれば本屋の書くエッセイみたいじゃないですか?」と、わたしから担当編集者に持ち掛けたものであることを付け加えておきます。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年7月18日(金)~ 2025年8月3日(日) Title2階ギャラリー

「花と動物の切り絵アルファベット」刊行記念 garden原画展

切り絵作家gardenの最新刊の切り絵原画展。この本は、切り絵を楽しむための作り方と切り絵図案を掲載した本で、花と動物のモチーフを用いて、5種類のアルファベットシリーズを制作しました。猫の着せ替えができる図案や額装用の繊細な図案を含めると、掲載図案は400点以上。本展では、gardenが制作したこれら400点の切り絵原画を展示・販売いたします(一部、非売品を含む)。愛らしい猫たちや動物たち、可憐な花をぜひご覧ください。


◯2025年8月15日(金)Title1階特設スペース   19時00分スタート

書物で世界をロマン化する――周縁の出版社〈共和国〉
『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)刊行記念 下平尾直トークイベント

2014年の創業後、どこかで見たことのある本とは一線を画し、骨太できばのある本をつくってきた出版社・共和国。その代表である下平尾直は何をよしとし、いったい何と闘っているのか。そして創業時に掲げた「書物で世界をロマン化する」という理念は、はたして果たされつつあるのか……。このイベントでは、そんな下平尾さんの編集姿勢や、会社を経営してみた雑感、いま思うことなどを、『版元番外地』を手掛かりとしながらざっくばらんにうかがいます。聞き手は来年十周年を迎え、荒廃した世界の中でまだ何とか立っている、Title店主・辻山良雄。この世界のセンパイに、色々聞いてみたいと思います。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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