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本屋の時間

2025.07.15 公開 ポスト

第178回

池店での日々[前編]辻山良雄

池袋のリブロが閉店して、この7月20日で10年になる。よく10年ひと昔というが、いまの時間の速さを考えれば、10年前とは「遠い昔」で、この間あまりにも多くのことが変わってしまった。

もう語る人もそんなにはいないだろうから、かつてわたしがいた店について、自分の知っていることやこれまで書いてこなかったことについて、少しだけ書いてみようと思う。

 

 

わたしが池袋本店に配属になったのは、リブロに入社してから12年が経った2009年のこと。そこに至るまでには5店舗に勤務し、その内2店舗では店長も経験した。それはわたしにとって、「修業時代はこれで終わり」といった節目となる辞令で、わたしが異動したとき店内は改装中だったが、当時の店長から半ば引き抜かれるようにして、改装の途中で合流した。

しかし最初から、みなにこころよく受け容れられた訳ではない。いくら地方の店で目立った動きをしたとはいえ、ここは東京にある本店である。マネージャーというにはまだ若く、上司や部下から放たれる「コイツはどれだけやれるのか」といった値踏みする視線は痛いほど感じていた。それが証拠に配属されたのはいいが、自分の机や椅子も用意されておらず、ゴミ捨て場に捨てられていた机をあわてて確保し、部下に頭を下げながら、自分のいるスペースをどうにかつくった。

のちにそのことを、笑い話のように池袋歴の長い先輩に話したところ、彼は「池店(いけてん)は、自分の場所は自分でつくるところだからね」と特に笑いもせず答えた。要は「お前の仕事で黙らせろ」ということなのだろう。わたしはそれから店が閉店するまでの6年間、ずっと池袋にいたが、確かにこの店ではそれぞれの責任者が自分のやり方で勝手に仕事を進めているところがあり、上からの指示が必要な人は、いつの間にか池袋からはいなくなっていた。

こうした気風は、長年のあいだ醸成されていったものに違いない。わたしが入ったころは昔ほどではないにしても、社内における池袋本店の売上や発言力はまだ大きくて、「リブロといえば池袋」という誇りも残っていた。かつて池袋リブロの店長を務めた田口久美子さんは、著書『書店風雲録』の冒頭、「リブロはオープン時から〈個性的〉であることを激しく意図した書店であった」と記している。書店業界では後発のリブロが、紀伊國屋や三省堂といった老舗に対抗するには、彼らがやっていなかった個性的な棚づくりを行うしかなかった。そしてそのことがよく言えば実力主義、実際にはオペレーションなしの、属人的な風土につながっていったのだと思う。

しかし「自分の場所は自分でつくる」といっても、実際に仕事が回っていくまでは、それはなかなかしんどいものだ。特に池袋ではそれぞれのジャンルに担当者がいたから、マネージャーは基本的に棚をさわったり接客をするわけでもなく、気がつけば「フロアのあいだをふらふら歩いているだけ」ということにもなりかねない。

当時池袋本店には、店の内外にとって大きな存在だった「矢部潤子」というマネージャーがいて、矢部さんが新刊の部数とその売場を決めるといった書店の心臓部を見ていたから、わたしは彼女のやっていない別のことで店に貢献するしかなかった。

池袋のリブロは、昔から世間一般の売れ筋とは異なる、人文やアートといったジャンルを得意としていて、そうした書物をファッション誌を売るように、店の最前列で販売した(「CONCORDIA(コンコルディア)」というジャンルを横断する書棚が店の中央に位置していたことも、その特異さを表すエピソードである)。そして書店はそうした書物の書き手と深く交わり、イベントやフェアで彼らの存在をクローズアップすることで、自店のイメージも築きあげていった。

わたしが入ったころの池袋は、書店としての基礎体力はあっても、かつて存在した店に客を呼び込むだけの「違い」や、細やかな情報発信に欠けている気がした。わたしは地方で大がかりなブックイベントを企画したこともあったし、書店としてメインの仕事ではないが、広報的な活動も得意にしていたから、いつの間にか店の中で、「イベント屋」としての仕事がわたしの果たす役割となっていった。

実際その当時は、新入荷の本やこれから発売になる本の情報を見て、「この本で何がやれるのか」ということを意識しながら仕事をしていたと思う。本の持つ世界観を書棚に広げるフェア展開がよいのか、発信力のある著者なのでトークをお願いするのがよいか(その場合誰と話してもらうのが新鮮か)、一冊の本を前に色々と考えるわけだ。必要なのはその本にどのような要素が含まれているのか、それを分解して考えることで、本が活躍できる場を設えるということなのだ。

そしてこの2010年前後はSNSが浸透していった時代でもあったから、いまはどこの書店でも行っている新入荷の本を紹介することも、このころから積極的に取り組みはじめた。どのような言葉を使えば効果的な反応が得られるか、少しずつ紹介する言葉を変えながら試していったが(それはいまも役に立っている)、イベントやSNSはあくまでも店に来ていただくための「飛び道具」で、それだけではひとつの〈点〉にすぎない。その〈点〉を〈線〉や〈面〉にして、何度も来ていただける店のファンをつくるのは、何と言っても店の持つ品揃えや棚の力、その店特有の本の重なりが見せる世界観なのである。

まれにTitleの本棚を見て褒めてくださるお客さんもいるが、それはせいぜい15坪、1万冊程度の品揃えだからアラが見えない――本の世界の凝縮した旨みだけを見せられる――ということなのだろう。200坪くらいの店であれば、いまでも細部にまで目を配った店づくりを行うことができると思うが、多くの人を納得させるだけの千坪以上の品揃えは、わたしにはできない。

「だってあなた、千坪の店にいたんでしょう?」と言われそうだが、当時はいかに「飛び道具」を使って売上と話題をつくるかということばかりに気を取られていたので、専門書がどのようにじっくりと売れていくのか、棚をつぶさに見てその動きを体感したわけではなかった。それはいま考えてももったいなかったと思うところで、体中深く刺さった棘として、いまも時おり疼くのである。

(後編に続きます)

 

今回のおすすめ本

『アイムホーム』向坂くじら 百万年書房

住人の恥も記憶も、秘密もよろこびも知っている〈家〉は、詩に溢れている。かつて人の暮らした生活空間に入りこみ、そこにあるものを感じて、瞬発的に放たれた幾篇もの詩。すべての去りゆくものを祝福する詩集。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年7月18日(金)~ 2025年8月3日(日) Title2階ギャラリー

「花と動物の切り絵アルファベット」刊行記念 garden原画展

切り絵作家gardenの最新刊の切り絵原画展。この本は、切り絵を楽しむための作り方と切り絵図案を掲載した本で、花と動物のモチーフを用いて、5種類のアルファベットシリーズを制作しました。猫の着せ替えができる図案や額装用の繊細な図案を含めると、掲載図案は400点以上。本展では、gardenが制作したこれら400点の切り絵原画を展示・販売いたします(一部、非売品を含む)。愛らしい猫たちや動物たち、可憐な花をぜひご覧ください。


◯2025年8月15日(金)Title1階特設スペース   19時00分スタート

書物で世界をロマン化する――周縁の出版社〈共和国〉
『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)刊行記念 下平尾直トークイベント

2014年の創業後、どこかで見たことのある本とは一線を画し、骨太できばのある本をつくってきた出版社・共和国。その代表である下平尾直は何をよしとし、いったい何と闘っているのか。そして創業時に掲げた「書物で世界をロマン化する」という理念は、はたして果たされつつあるのか……。このイベントでは、そんな下平尾さんの編集姿勢や、会社を経営してみた雑感、いま思うことなどを、『版元番外地』を手掛かりとしながらざっくばらんにうかがいます。聞き手は来年十周年を迎え、荒廃した世界の中でまだ何とか立っている、Title店主・辻山良雄。この世界のセンパイに、色々聞いてみたいと思います。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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