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砂嵐に星屑

2022.02.10 公開 ポスト

宇垣美里特別コラム「たくさんの星屑たちがいた、あの場所。」一穂ミチ(作家)/宇垣美里

直木賞候補『スモールワールズ』で話題をかっさらった一穂ミチ。

いま注目度ナンバー1の作家は、その観察眼で人間の生々しさを抉り出してきた。どこまでも見抜いていく彼女の視線が次に向かったのは、テレビ局で働く「普通の人々」。

2月9日刊行の『砂嵐に星屑』に込めた想いとは? なぜ今「テレビ」なのか?

フリーアナウンサー・宇垣美里さんに、作品に寄せたコラムを書いていただきました。

「毎日が文化祭みたいだよ!」

就活中にどこぞで聞いた誘い文句。運よく内定をもらい働き始めたテレビ局での生活はまさしくその通りの狂乱の日々。一度として同じ一日が、いや一時間が繰り返されたことなどなく、昼も夜もない慌ただしい生活に体内時計は狂いっぱなし。気づいた頃にはあまりに食べるのが早くなっていて、久しぶりに会った親によく噛むよう注意されるほど。常に時間に追われせかされるように生きる私たちが同類を見分けるのは簡単で、ただ食べるのがべらぼうに早い人の肩を叩けば同業者だったりするものだ。

確かに、限られた時間と人員で誰かに楽しんでもらうための一時を送り届けることには大きな達成感があった。でも毎日あがるなら花火も日常。毎日開催される文化祭なんて、とてつもない虚無と背中合わせなんじゃないだろうか。

『砂嵐に星屑』は、とある関西のテレビ局が舞台の連作短編集。

アナウンサーや報道デスク、タイムキーパーやAD……肩書や職場が特殊であろうと、そこに生きるのはまぎれもなく普通の、ちっぽけな人間だ。そんな彼らのそれぞれの年代や立場での働くたくさんの星屑たちがいた、あの場所。

葛藤や、ままならないままそれでも進んでいく姿が描かれている。関西を舞台にしていることから阪神淡路大震災が幾度か取り上げられ、未だあの頃の傷を大事に抱えている登場人物の姿には神戸出身者として、被災者のひとりとして胸が苦しくてたまらなくなった。

一穂ミチさんの作品は、毎度のことながらメディア業界の描写が異常なほど肉薄していて、中にいたものとしてはドキリとしてしまうほど。「なんで24時間テレビするの?」なんて言われ慣れた。私のかつて勤めていた局は実施してはいなかったが、そんなこと視聴者にとっては関係なし。マスゴミって言われても、もはや何にも感じない。嬉しそうにサインねだってきた近所のおばさん、「私の娘はそんなところ、よお働きにいかさんわあ」って言ってたの、知ってるよ。同期は私も含め多くが離職した。おそらく過労が祟って病に倒れた友人も、心を病んだ同僚もいた。

中でも印象的なのは男社会で生きてきた女性の描写だ。四十代独身女性アナウンサーである邑子が、旧態依然としたシステムの中で傷付けられ損なわれ削がれ続けてきたものにあまりに身に覚えがありすぎて、思わずへらりと笑ってしまった。笑わないと、やってられなかったこと、たくさんあった。でもそんな時にそっと私の背中をさすってくれたのは、ライバルだと揶揄されてきた同僚アナウンサーたち。彼女たちに支えられて、どうにかここまで生きてこれたこと、どうして一穂さんが知っているんだろう。

「大丈夫、頑張れ、ちゃんと見ててあげるから」

初鳴きはもう数年前のことなのに、まるで新人アナウンサーの雪乃になったような気持ちで胸がぎゅっとなった。私はその言葉を、後輩に伝えてあげられていただろうか。

どの話も読んだ後にじわっと沁みてなんだか泣けてくる。あの一番辛くてやりきれなかった時に、読みたかった。そしたらもう少し頑張れたのに。

私は一抜けしてしまったあの世界でばたばたと働くかつての同僚たちを、少し眩しく感じる。私は私のやりたいことがあってそこから離れたのに、なんだかちょっと後ろ暗い。でもだからね、見てるよ。ずっと見てる。私は、私だけは、みんなの味方だよ。

次会う時はこの本を差し入れよう。ちょっとでも、肩の荷がおりるといい。

地デジに切り替わり、あの砂嵐を目にすることはもうない。テレビには24時間何かしらの映像が流れている。誰かが必ず働いている証拠だ。早朝勤務をしていた頃、人っ子一人いないアナウンス部でぼぅっとするのが好きだった。ほんの数分、頭を空っぽにして目を閉じると、どこか違う階からドタバタと誰かが生きてる音がする。

たくさんの星屑たちが、いた。

私たちは画面を輝かせるための歯車。たいした旨味もないのに揶揄され嫌われ、ひとりひとりは光ることもなく黒子のまま一生を終える。それでもテレビが好きなのだ。

画面の奥で駆けずり回っているであろう星屑たちに思いを馳せる。地道に、愚直に、頑張っていける気がした。

 

(初出:小説幻冬2022年2月号)

関連書籍

一穂ミチ『砂嵐に星屑』

舞台は大阪のテレビ局。腫れ物扱いの独身女性アナ、ぬるく絶望している非正規AD……。一見華やかな世界の裏側で、それぞれの世代にそれぞれの悩みがある。つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。人生は、自分のものなのだから。ままならない日々を優しく包み込み、前を向く勇気をくれる連作短編集。

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砂嵐に星屑

舞台はテレビ局。旬を過ぎたうえに社内不倫の“前科"で腫れ物扱いの四十代独身女性アナウンサー(「資料室の幽霊」)、娘とは冷戦状態、同期の早期退職に悩む五十代の報道デスク(「泥舟のモラトリアム」)、好きになった人がゲイで望みゼロなのに同居している二十代タイムキーパー(「嵐のランデブー」)、向上心ゼロ、非正規の現状にぬるく絶望している三十代AD(「眠れぬ夜のあなた」)……。それぞれの世代に、それぞれの悩みや壁がある。

つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。続いていく人生は、自分のものなのだから。世代も性別もバラバラな4人を驚愕の解像度で描く、連作短編集。

バックナンバー

一穂ミチ 作家

2007年デビュー。以後勢力的にBL作品を執筆。「イエスかノーか半分か」シリーズは映画化も。22年、一般文芸初の単行本『スモールワールズ』で第43回吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。同年、『光のとこにいてね』で第168回直木賞候補、23年本屋大賞第3位。24年『ツミデミック』で第171回直木賞受賞。その他の作品に『パラソルでパラシュート』『うたかたモザイク』などがある。

宇垣美里

2014年4月にアナウンサーとしてTBS入社。「サンデー・ジャポン」「ひるおび!」などに出演。2019年3月にTBSを退社。現在はフリーアナウンサーとしてテレビ、ラジオ、雑誌、多数のCM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍している。

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