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礼はいらないよ

2021.01.20 更新 ツイート

マラドーナの“神の手”ゴールには陰謀論が入り込めない ダースレイダー

(by:Wikimedia Commons)

1986年6月22日。ロンドンの僕の家には近所の子供たちが集まり、テレビの前でドキドキしていた。これからサッカーのメキシコワールドカップの大一番、イングランド・アルゼンチン戦が行われるからだ。

 

英国の子供でサッカーが好きじゃない子などいない、少なくとも僕の周りには1人もいなかった。そのサッカーの世界一を決めるワールドカップだ。そしてイングランド代表には最高のメンバーが揃っていた。リネカー、ロブソン、バーンズ、ホドル、ワドル、ベアズリー、シルトン……イングランド・プレミアリーグで活躍するスーパースターたち。

個人的にはレスター・シティーからエヴァートンに移り、得点を量産していたリネカーが大好きで、彼がフォワードを務める姿を見るだけでも興奮していた(後年、彼が来るという理由で地元でもない名古屋グランパスエイトを応援していた。しかし、日本でのプレーぶりはとても残念なものだった)。

優勝するんじゃないか? いや、きっとする! 子供心に謎の自信に満ちていた僕たちは、グループリーグを無敗で突破した時にはそれを確信に変え、日々高揚感を味わっっていた。相手は強敵アルゼンチン、何するものぞ! 緊張感で唾を飲む僕らはまだ皆10歳未満だった。

試合開始、前半45分はとにかく緊張していた。アルゼンチンが優勢、でもイングランドの守りは硬い。ハーフタイム、お菓子と飲み物で落ち着かせながら僕らは後半の展望を語った。チャンスは巡ってくる。いざとなればピンポイントでリネかーが決める。チームの状態は良い。子供が頑張ってサッカー解説をするのはイングランドでは当たり前の光景だ。

そして後半戦がスタートして6分経った時。アルゼンチンが攻勢を仕掛け、ペナルティーエリアの前が混戦模様になった。ホッジのクリアミスからボールがゴール前に放り込まれるとすごい速さで1人のアルゼンチン人が飛び出していた。あっ……そう思った瞬間、その小さなアルゼンチン人は飛び上がリ、鉄壁のキーパーと思われていたシルトンより先にボールに”触れた”。ボールはポーンと浮かび、そしてゴールに吸い込まれていった。

え? いや、あれ手だったんじゃないか? 僕らは目の前で起こったことが理解出来なかった。

そもそも失点のショックで混乱もしていた。イングランド選手が猛然と抗議する中、ナセル主審が笛を吹いた。得点したのはディエゴ・マラドーナ。アルゼンチン選手たちが次々と彼を祝福し、”ゴール”が決まった。

これが近代サッカー史上、もっとも有名な”神の手”ゴールである。当時のテレビのプレイバックではよく分からなかった。僕ら子供にもマラドーナの手が上がってるのは見えたが、ボールが触れていたのは頭だったのか? 手だったのか? 主審にも副審にもちょうど見えなかった。

ところがその後、ビデオや写真で検証されたら明らかにマラドーナは手でボールをゴールに叩き込んでいたのだ。マラドーナ本人は試合後に「ゴールはマラドーナの頭が少しと神の手が少しのおかげだ」と語った。これが”神の手”ゴールの名前の由来だ。

そして後にマラドーナは、仲間が抱きついてくれるのを待っていたが来なかった。ハグしに来いよ、でないと主審がゴールを認めないぞ、と彼らに言ったとも語っている。これをマラドーナが故意に、確信犯的に反則を犯したと非難する人も多いだろう。

だが、イングイランドのボビー・ロブソン監督が言った「いたずら小僧の手だ」という指摘に頷く。マラドーナという天才、法外の存在の手元にデタラメな世界がやって来たのだ。イングランド人の多くはゴールを盗まれた! と主張した。僕は世界という混乱の渦の中にたまたま浮かぶ秩序の上で暮らしているという僕らの前提が確認された瞬間だったと思えて仕方がないのだ。

なぜなら神の手の僅か4分後に20世紀でもっとも偉大なゴールシーンが訪れるからだ。中盤でボールを持ったマラドーナが1人目のイングランド選手を抜いた時には当たり前の光景だと思って見ていた。ところが2人、3人、4人……次々とイングランド選手が抜き去られていく。テレビの前の僕らは声を出せなかった。時間にしてどれくらいだったか? マラドーナはキーパーのシルトンすらも抜いてゴールを決めていた。あまりに流麗、あまりにスムーズでいて、あまりにも破壊力があった。マラドーナの5人抜き、これはFIFAが選ぶ世紀のゴール第一位。神の手のわずか4分後に最も偉大なゴールが決まる。

今度は僕らは騒がなかった。いや、それどころかロンドン中が静まり返ったようにすら感じた。圧倒的だった。世界がデタラメでなくてなんなのか? マラドーナは超越していた。両ゴール共に彼個人がやったことだ。そしてマラドーナという個人の資質は大変に複雑で評価が分かれるだろう。

だがそんな属人的な出来事だったのか? こんな馬鹿げた筋書きを書く人はいない。そう、本来何もかもデタラメで何が起こるかなんて分からない。世界に正解はないのだ。この後、僕の大好きなリネカーが返した一点は彼を得点王の座に就かせたが、あまりに当たり前な秩序だったゴールだった。

 

近年、陰謀論が盛んだ。僕は近代社会の崩壊の足音の一つとして危惧しているが、その都度86年のマラドーナを考える。あれは仕組まれていない。あの二つのゴールに陰謀はない。そして、明らかに”正解”ですらなかった。だから様々な出来事に日々驚くことが出来るし、秩序の底に広がる混乱を感じ、畏怖し、備えるのだ。

しかし、そんなマラドーナが2020年に他界した。これは「秩序」に守られた僕らの社会に出来ていたちょっとだけの隙間、世界がやって来るちょっとした隙間が閉じてしまったという意味なのかもしれない。そして、完全に閉じた社会では都合の良い物語に溢れた陰謀論が闊歩するようになるのだ。

おっと、危うくマラドーナの二つのゴールすら「物語」に回収してしまうところでした……。

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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