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礼はいらないよ

2021.02.19 更新 ツイート

ソウルで感じた“混ざり合い”の可能性を1年以上見失っている ダースレイダー

コロナ禍、多くの人が様々なことを断念していると思う。五輪の報道でスポーツ選手の悲痛な思いを見かけるが、彼らだけではない。ミュージシャンも俳優も大小の公演が中止になっただろう。そして、家族旅行、卒業旅行、同窓会……数え上げたらキリがないほどの催しが中止になっている。

 

僕も国民的行事はなかったが、いくつもの予定が中止や延期になっている。2020年は、僕のバンド的には海外進出に挑戦する年の予定だった。

5月に上海、7月にモンゴル、11月にはタイとヴェトナム。その他にもシンガポールやフィリピン、マレーシアのフェスにエントリーしようと企んでいたのだ。これらは全て白紙になった。それぞれの国でも皆が悔しい思いをしながらイベントの中止をアナウンスし、次に向けての決意をしている。僕らが、彼らが、皆が失ったのは何か? それは、”混ざる”感覚だと思っている。

2019年の9月、ベーソンズはソウルで開催されたZANDARI FESTAに参加していた。きっかけは、6月の渋谷のイベントでドラムのオータコージの別バンドのライブに僕が飛び入りでラップしたことだ。そこにこの韓国のフェスの主催者が遊びに来ていた。彼は僕らのパフォーマンスを気に入り、誘ってくれた。

この韓国のフェスはショーケースフェスと呼ばれる特殊なイベントで、世界各国のイベントプロモーターが集まっている。そこに世界30カ国から集まったバンドがライブをする。観客もいるが、実はプロモーターにライブを見せるのが胆なのだ。会場はソウルのホンデエリアにあるライブハウス10カ所ほど。四日間に渡ってフェスが開催され、プロモーターたちは回遊しながらバンドを見て、気に入ったら自分の国に誘う。

この仕組みは公にアナウンスはされていないが、昼に行われるカンファレンスで世界中のプロモーターがミュージックフェスについて議論している。ライブはその後の時間に設定されている。彼らは会議後にライブを回るのだ。仕組みに気付いていないバンドは、与えられた時間にライブして終わりだ。僕らもそうだが、国際的には無名のバンドばかりだ。地元韓国のバンドには客は集まるが、海外勢はそうは行かない。鍵はこのプロモーターたちをいかに自分のライブに連れてくるか? なのだ。

ライブ会場以外に関係者が夜にほぼ全員集まるミュージックバーがある。僕らはここでのライブも組んでもらい、自分たちのPRをした。小さなバーでステージもないようなところだが、不思議とそこに皆集まる。ここの情報もあちこちのライブ会場で得ることができる。要はプロモーターに話しかけなければいけないのだ。

僕とドラムのオータさんはこのプロモーターたちを「モンスター」と名付け、彼らを見つけ、彼らに話しかけるのをミッションとした。彼らはそれぞれライブハウスのタイムテーブルを持っていて、観たいバンドには赤丸などでチェックを入れていた。そして会場に集まったモンスター同士でも情報交換しながら、次に観るバンドの話をしている。

そこに飛び込み、自分たちの音楽性や出る時間などを伝える。何カ所かライブハウスを回っていると自然と誰がモンスターなのかも分かるし、彼らと顔見知りにもなる。彼らがチェックしているバンドも知ることができるし、深夜に集まるバーの話も聞けるのだ。モンスターは世界中から来ていてそれぞれの国でフェスを企画している。彼らの輪に飛び込み、とにかく話す。

このようにライブハウスを移動している時に、女の子たちに声をかけられた。中国は四川のバンド「ホルモンズ」で、これからライブだと言う。誘われるままに観に行ったらめちゃくちゃカッコ良い。会場もパンパンでモンスターもずらりと揃っていた。彼女たちもちゃんと自分たちの売り込みをして人を集め、そこで見事なライブを披露していた。

終わった後に話しかけたら、僕らのライブにも来てくれると言ってくれた。モンスターだけでなく、いろんなバンドのライブを観て彼らも誘う。中国にはMIDIフェスという20万人が集まるフェスがある。ここの主催者にも流れで紹介されたので話しかけた。「うちのフェスはロックじゃなきゃ出られないよ」と言われたので、「僕らはめちゃロックだよ!」と答えた。「へえ、じゃあ見せてもらおうじゃないか」と彼はタイムテーブルの僕らのところにチェックを入れた。

僕らの出番は最終日の最後だった。同じ時間帯には韓国の有名バンドが並んでいる。会場では直前に出た韓国のパンクバンドが盛り上げまくっていた。そして彼らのライブが終わると客も一斉に別の会場へと移っていった。僕らの出番のときには、会場には十人程度しか人がいない。ううむ、仕方ない。こんなものだろう。持ち時間は40分。ところが10分、20分と時間が経つとどんどんと人が集まってくる。持ち時間40分終えたら会場は満員になっていた。観ている人たちが次々と友人、知人を呼んでくれていた。

「あと2曲くらいやっていいかな?」と言うと、フェスの主催者がなんと2列目くらいで観ていて、「やれ!」と大声で返してくれた。ライブは大団円。そこには韓国人、中国人、カナダ人、フランス人、モンゴル人、ブラジル人、タイ人、イギリス人などの人たちが初めて観る僕らを楽しんでくれていた。MIDIフェスの主催者が駆け寄ってきて叫んだ。「君たち、来年は上海だ!」。

ホルモンズの子もいて、彼女たちとは打ち上げもした。僕らは混ざっていた。フェス全体のアフターパーティーは巨大な会場で行われ、モンスターもバンドも客もみんなが集まってビールで乾杯しながら、互いに発見した新しいバンド、新しい友人の話をしている。人も音楽も文化も混ざっていた。そして、そこから新しい出会いが次々と生まれている。

あまりに濃厚であまりに密で、そしてあまりにも美しく楽しい時間。

2020年はさらに混ざるつもりだったのだが……この感触を僕らは1年以上失っている。

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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