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ヘイケイ日記~女たちのカウントダウン

2021.01.14 更新 ツイート

安物の女にするのはいつも自分 花房観音

年末に、アンティークのペンダントを買った。

ムーンストーンを天使が囲んでいるデザインだ。

数年前、寺町通にあるお店で、前を通った際にガラス越しに陳列してあるアクセサリーが気になって足を踏みいれたのが、アンティークのアクセサリーを買うきっかけだった。

それまで私はだいたい、アクセサリーは手作り市などで購入していた。奇抜なものや、大きめのものが好きだった。

 

けれどここ数年、そういったアクセサリーをつけられなくなってしまった。何かきっかけがあったわけではないが、年を取って、なんとなく重くなったのだろうか。50歳を前にして、昔好んで身に着けていた服をだいぶ捨てたのと同じで、それまで平気だったものが、急にダメになった。

おばさんだからシンプルに! と、思ったわけではない。

本当に、なんとなく、好みが変わっていったのだ。

アンティークのアクセサリーは、装飾品に金をかける習慣がない私にとっては、安くない買い物だったが、一年に一度か二度ぐらいなら、自分へのご褒美として形にしてもいいんじゃないかと思って、ときどき買っている。

(昨年末に買ったムーンストーン)

アクセサリーは男にもらうものなのか

私が若かった頃は、やたらと「彼氏にティファニーをプレゼントされる」というのが流行っていた気がするが、もちろんそんな経験はない。若い頃、まともな恋愛などしたこともなく、借金に追われた生活だったので、千円以内のアクセサリーしか買ったことはなかったし、ましてや男にプレゼントなど、されたことがなかった。

アクセサリーを初めて買ってもらったのは、39歳の終わり、結婚指輪だ。

ただ私は普段から指輪はしないし、無くすのが怖くて、大事にとっているままだ。

 

若い頃は、「彼氏に高級なアクセサリーを買ってもらう」同世代の女性たちを羨んでいたけれど、じゃあだからといって、今、男に高級なアクセサリーを買って欲しいわけではない。そもそも、ブランドや宝石に執着は全くといっていいほどない。自分が手に入れることのできない男からの愛と称賛の形が欲しかったに過ぎない。

昔より、今のほうが「安くて可愛いもの」が手に入りやすくなり、最近の若い人たちは、そんなに高級品を身に着けることをステイタスにしているようには見えない。

身につけても格差が生まれない

アクセサリーそのものは、昔から好きだった。アクセサリーなら、服ほど人を選ばない。服は似合うものと似合わないものが、はっきりしている。

服は、可愛いもの、素敵だと思うものを購入すると、似合わなさに落ち込むだけだった。女の恰好をすること自体が、女失格の私には許されないのだと、男物ばかりを身に着けていた時期も若い頃にはあった。

服は容姿の劣等感の落ち込みに、ときどき拍車をかける。

美しい人、可愛い人との「差」を露わにしてしまう。

いいなと思っても、絶対に似合わないから着られない服が、この世には溢れている。思いきって買ってみたはいいが、結局身に着けないまま捨てた服は何着もある。「ブスがおしゃれしている、似合わないのに」と笑われることも怖かった。

けれど、アクセサリーなら、そこまで格差は作らない。

「似合わないよ」と、笑われることも、服ほどはない。

だから私は、アクセサリーが好きで、安いものばかりだけど、よく購入していた。それが着飾ることができない私の、ささやかな楽しみだったからだ。

「安物」の私

近年、アンティークのアクセサリーを買い出してわかったことがある。

安いものばかり使い捨ての感覚で購入している頃は、雑に扱ってしまっていた。アクサセリーは好きだったけれど、大事にはしていなかった。

安いものを雑に扱ってしまうことで、私は自分自身がそうだというのにも気づいてしまった。安ものの女だから、自分自身を雑に扱い、他人にも雑に扱われるのだと。そして自分を「安もの」にしているのは、自身の卑屈さなのだ。

本当は安くないアクセサリーを身に着けるのは、怖くもあった。

自分自身が「安い」、価値がない女だから、不相応だと思っていた。

そうやって、自分自身を貶め卑屈になることは、癖のようなもので、今だって直ってはいないけれど、だからこそ、できる範囲で、自分が好きなものを身に着けたいと、今は考えている。

自分に勇気を

外出機会が減ることにより、装飾品を身に着ける機会そのものも減ったから、やたらと安いものを買いあさるということは、しなくなった。

特に昨年は、コロナ禍で、外に出ないし、人前にも出ないし、人と会う機会も少なかった。人と会うといっても、仕事の打ち合わせぐらいだ。マスクをつけることが当たり前になってから、ピアスをつける回数も減った。

きっと今年もそうなるだろうとは思ったけれど、でも、だからこそ、たまに誰かと会うときのために、誰かと会わなくても外に出るときのために、私は今年の冬も寺町のアンティークショップに立ち寄り、「綺麗だ」と思ったムーンストーンのペンダントを買った。

まだまだ生きているのを怖がる自分の心に、少しばかりの勇気を与えるために。

(初外食は大学の近くの定食屋)
(初詣は泉涌寺。ぜったい混まない)

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花房観音

2010年「花祀り」にて第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。京都を舞台にした圧倒的な官能世界が話題に。京都市在住。京都に暮らす女たちの生と性を描いた小説『女の庭』が話題に。その他著書に『偽りの森』『楽園』『情人』『色仏』『うかれ女島』など多数。

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