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ヘイケイ日記~女たちのカウントダウン

2021.12.11 公開 ポスト

第五回

熟れる女はいつまで売れるのか【再掲】花房観音

年の瀬も近づいてきて、急に寒くなってまいりました。師走を感じるこんな時に痛感するのは、「あぁ、今年も私は歳をとったなぁ」ということ。坊主が走るほど忙しく否応なく時間は過ぎていく中で、歳を重ねることの辛さと煩わしさを感じるとともに、一方で、こういう時代の中でも無事に生きていること、歳を重ねられることの大切さを痛感致します。

 

さて、「幻冬舎plus」にて連載しておりました、花房観音さんの『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』が一冊の本にまとまりました。更年期、閉経に限らず、女性でいるだけでとても煩わしいことが多い日々を憂う、カバーの素敵な平安装束の女性が目印でございます。やれ歳をとった、更年期が辛い、終い支度をはじめなきゃ、白髪をどうにかしなくちゃ、煩悩から解き放たれたい、とドタバタ過ぎていくこの時期を、もっと周りに惑わされることなく、自分のペースで生きていけたらーー。そんな願いと憧れが籠った、とってもリアルなエッセイを、刊行を記念して一部再掲させていただきます。

連載からの傑作選をお楽しみくださいませ。

*   *   *

あれは数年前、早朝の渋谷を歩いていたときだ。

オールナイトの映画を観たあと、道玄坂を歩いていると、若い男に声をかけられた。

「お姉さん、10分で1万円の仕事あるよ」

この数字は、少し記憶が曖昧だが、そんな短時間でそれだけ貰えるの? と、驚く金額だったのは間違いない。

最初、意味がわからなかったし、徹夜で眠気と疲労で朦朧としていて、無視してそのまま宿へ向かった。男もそれ以上、追ってはこなかった。

「お茶しませんか」ではなく値段をつけた

小説家になってから上京の機会が増え、東京を歩いていて、声をかけられたことは、何度かある。眼鏡と大きなマスクをして、ほとんど顔がわからない状態でも、「お姉さん、綺麗だね」とナンパされたので、きっと私に声をかけてくるのは、女なら誰でもいいような男たちなのだろうぐらいに思っていた。

けれど、「お茶しませんか」ではなく、具体的な値段をつけてきた男は、初めてだった。

あのときは、眠くてスルーしたけれど、どこからどう見ても立派なおばさんで、四十代半ば、しかも徹夜で化粧は剥げ、疲労が顔ににじみ出ていた自分に、そんな高い値段をつけられたことが驚いた。

風俗等であるのは予想ができるが、こんな若くもなく美しくもない女が、どんなことをしたらそれだけ貰えるのかと、ずっと気になっている。

(熟年売春ルポ)

売りたくても売れない女

昔は、性風俗、AVに出て、セックスや裸をお金に換算できるのは、若くて美しい娘だけだと思っていた。水商売などもそうだ。

そんな「女の商品市場」では、私は一銭の価値もないのだと信じていた。

初めての男に言われるがままに借りた消費者金融の借金が膨れ上がってどうしようもなくなったときに、水商売や風俗の面接に行ったが、ことごとく落ちた。

風俗の仕事をすることを「堕ちる」と表現する人がいるが、それすらできない女だっているのだ。昔は、身体を売るのは最後の手段だと思っていたけれど、売れない女はどうしたらいいのか。

けれど近年、AVを見たり、インターネットで情報が世の中に溢れてくると、決して「若くて美しい女」だけが価値を持つのではないのがわかってくる。50代、60代、それ以上の年齢や、体重100キロ以上の女性がAVやエロ本に登場して、需要がある。今はコンビニにはエロ本は置いてないけれど、一時期は「五十路妻」「還暦熟女」みたいな本が並んでいた。

もちろん、若くて美しい女性の需要と値段には足もとも及ばないが、そうでない女でも、必要とする層がいるのは間違いない。

「女として価値がない」と信じて生きてきた私には、これは救いだった。

喜んだらダメでしょうか

そんな私も結婚し、四十歳を超え、若い頃に雁字搦めになっていた劣等感もいくらかマシになった。「おばさんだから」という開き直りを武器にできるようにもなり、小説家になって外に出て人と会う機会もなく、のほほんと生きている。

けれど、不安定な仕事で、未来の不安は常にある。特に、コロナの影響で、これから景気も悪くなり、本の世界も厳しくなると考えると、いつまでも仕事があるとは思えない状況だ。

もうすぐ五十歳で、新しい仕事をはじめるのも大変だ。バスガイドの仕事は、小説家以上に厳しい状況だし、体力的にも、もう無理だ。大学も出ていないし、使えそうな資格もない。

文章の仕事が絶えてしまったら……そう考えたときに、ふと、数年前に渋谷で男に声をかけられたことが心を過る。

私は、女として、まだ「売れる」のだろうか。

もちろん、実際にするかどうかは置いておいて、考えてしまう。

以前、私より少し若い女性にこの話をしたら、「わかる。私も、AVのスカウトに声をかけられると、まだいける! と、喜んじゃう。実際にはリスクがあるからしないけど」と彼女は言った。

あなたという「女」には、お金を払う価値がありますよ。

商品になりますよ。

そんなふうに見られて、きっと傷つく女性もいるだろう。性的な商品として扱われるのに嫌悪感を抱く人も。

けれど、ずっと男に見向きもされなかった私は、「まだ自分は女という商品なのだ」と思うことに、喜びを感じてしまう。

タダで無遠慮にさわってくるセクハラは嫌だけど、性的な商品として見られるのを嬉しく思ってしまうのは、そこに「お金」という価値が換算されるからだ。

若くも美しくもなく未来も見えない

私は若い頃、自分は女としては失敗作、死ぬまで男に相手にされないと思って生きてきたから、初めて自分という女が金銭に換算されたとき、自分を覆っていた劣等感から少しだけ開放された。

女として扱われたいがために、何百万円も男に貢いできた餓えた姿の醜さも傷も卑しさも、理解されないだろう。

実際に、「どうして男に貢いだりするのか、わからない」とは、たまに言われるが、「あなたのように、当たり前に愛され求められる人には、わからないでしょうね」としか、答えようがない。

とっくに昔の傷は癒えて、それなりに楽しく幸せに生きているつもりなのに、ふとしたときに、自分の価値をお金に換算して、確かめてみたい衝動にかられることがある。

私はまだ、売れるのだろうか。

もし、今また、数年前の早朝の渋谷の出来事と同じように声をかけられたならば、「どんな仕事なのですか」と、興味を抱き、ついていかない自信はない。

若くも美しくもなく未来も見えない、私という女が幾らで売れるのか、買う男がいるのか、知るために。

関連書籍

花房観音『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』

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花房観音『女の庭』

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花房観音『情人』

笑子が神戸で被災した日、母親は若い親戚の男・兵吾と寝ていた。男に狂った母、知らぬ顔の父、引きこもりの兄、職を失った自分――。 悲惨な現実から逃げるように、笑子は結婚し東京へ。しかし子供ができず、家庭にも確かな居場所を作れない。そんな中、兵吾と再会。 日常に背を向けて情交に溺れてゆく二人を3・11の激震が襲う。生き場なき女の物語。

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ヘイケイ日記~女たちのカウントダウン

加齢、閉経、更年期……。何かと女性の心をざわつかせるキーワード。

本当にそれって怯えたじろぐものでしょうか。恐れるも楽しむも自分次第じゃありませんか?

「生理が終わったって、女が終わるわけじゃなし」。

女性たちの第二ステージは、新しい人生の幕開け!

セックスは?恋愛は?仕事は? 女たちの赤裸々カウントダウンをご紹介。

女の数だけ生き方がある!

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花房観音

2010年「花祀り」にて第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。京都を舞台にした圧倒的な官能世界が話題に。京都市在住。京都に暮らす女たちの生と性を描いた小説『女の庭』が話題に。その他著書に『偽りの森』『楽園』『情人』『色仏』『うかれ女島』など多数。

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