1. Home
  2. 読書
  3. 本の山
  4. 今を生きるわたしたちに 遺されていく言葉...

本の山

2020.11.21 更新 ツイート

今を生きるわたしたちに 遺されていく言葉――『遺言─対談と往復書簡』 志村ふくみ/石牟礼道子 KIKI

初冬の朝、これまでに何度か歩いたことのある神奈川逗子の山に来ていた。小さな沢沿いの森の道は日差しが乏しく、しっとりとした暗さが広がっていた。そんな中、足元の茂みに青い実を見つけた。臭木かもしれない、と胸が騒ついた。裏山のように身近な場所に臭木がまさかあるとは思わず、訝しみながらも屈んでよく観ると、五つ星形に分かれた赤い萼の真ん中に青い小さな実。やっぱりこれは臭木の実だ! とひとり興奮してしまった。

 

本書には、染織家の志村ふくみさんと作家の石牟礼道子さんによる往復書簡と対談が収められている。ここで語られる石牟礼さんの新作能「沖宮」において、その臭木の実から採ることのできる「水縹」という色の存在が大きく扱われている。石牟礼さんはたまたま目にした志村さんの著書のなかで水縹色の糸の束に霊感のようなものを感じ、これこそ「沖宮」の中心に置かれた天草四郎の装束の色だと直感する。四郎は島原の乱で命を落としたあとの霊界にあり、死に近い存在である。志村さんによると、水縹色は藍の濃淡では表現しきれないもっとも薄い水色で、植物の生命が死にゆくところのもう命がない色だともいう。

色を通じて、ふたりの心は交わっていく。行き交う言葉の中からは、焦燥感とともに現代社会に対しての憤りが感じられる。それは互いに九十歳近い年齢にあるからか。あるいは本書での手紙のやりとりが東日本大震災の翌々日から始まっているからなのか。たとえば、地面が端からアスファルトで覆われていくことについての言及。この度の災害は、地球が息苦しくて我慢ならなくて、ふっと息を吐き出した結果ではないだろうかという。身近な物事へと話が変わると、生活にまつわるすべてが自然からいただいた物であるとふたりは話す。衣服ならば、蚕が作った繭や綿花から紡がれた糸が織られて生地になり、色も植物から染められている。物や情報が溢れることによって、もっとも根源的で大切なことが隠されてしまっている。わたしたちは忘れてしまうだけでなく、考えることすら疎かにしていないだろうか。見直すべき時はすでに過ぎ去っているかもしれないけれど、それでも警告しなければならないと、「遺言」としてふたりの言葉は今を生きるわたしたちに遺されていく。

「沖宮」の天草四郎が存在する霊界は、「死」に近くもあり同時にすべてが始まる「生」にも近い場所である。水縹色はそれを象徴する色。死からほんのちょっとだけ浮いたような存在は、天からしたたり落ちた色でもある。その水縹色を知ったあとでは、臭木の実が足元に転がっていただけで、その森にも生命が満ち満ち溢れ、その中で生きていることに改めて気付かされるのだった。自然への感受性こそ、ふたりの遺言の主題かもしれない。

「小説幻冬」2018年1月号

志村ふくみ/石牟礼道子『遺言 - 対談と往復書簡』

二〇一一年三月十三日付けの、「お会いしたい、おはなししたいことがいっぱいです」と志村が石牟礼に宛てて綴った手紙から始まる、往復書簡と対談をまとめた一冊。
筑摩書房/本体2200円+税

{ この記事をシェアする }

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP