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しない生活

2020.12.28 更新 ツイート

ブッダは論争をふっかけられて「自分には戦わせるべき見解はない」と答えた 小池龍之介

メールの返信が遅いだけで、「嫌われているのでは」と不安になる。友達がほめられただけで、「自分が低く評価されたのでは」と不愉快になる。つい私たちは、ちょっとしたことでモヤモヤ、イライラしがちです。小池龍之介さんの『しない生活』は、そんな乱れた心をスーッと静めてくれる一冊。本書が説く108のメッセージの中から、いくつかご紹介しましょう。

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けんか、論争を避けるために

「このボールペン、使えないから捨てるね」。そう家族に申しましたら「え? まだ使えるのにもったいない」という言葉が返ってきます。

(写真:iStock.com/fizkes)

その口調にかすかな非難が含まれていることに身構えつつ、「いや、ほら、インクがもうないから書けないんだよね」と示して相手が納得した際に、筆者の心にちっぽけな「勝利感」が生じているようでした

それは、口には出さないまでも、「ほら、だから私の言った通りだったでしょう」という、定番の嫌みなセリフに似た気持ちです。「ほら、こういうとき、私のほうが正しい見解と判断を抱くのだから、次から意見がくい違ったときは、私の言うことを受け入れなさい」とでも、相手をねじ伏せたい思考ゆえに。

そう、この場合なら、ボールペンのこと自体はどうでもよく、互いに「自分の見解は信頼がおけるものなのだッ」ということを、相手に思い知らせて、今後を有利にしたいのではないでしょうか。

こうして私たちは愚かにも「だから言った通りだったでしょ」の「勝利宣言」をしたくなるのですけれども、それでは相手は気分を害するだけで、「次回からは信頼しよう」とは決して思ってはくれません。あれまあ。

釈迦は『経集』において、説いています。「自分の見解が勝っていると執着して、自分の見解を上に見るなら、それ以外のすべてを『劣る』と思うようになる。ゆえに、人は論争から抜け出せないのだ」(第七九六偈)と。

釈迦は論争をふっかけられても、「自分には戦わせるべき見解は何もない」と答え、言い負かそうとしなかったからこそ、勝る・劣るという勝負を抜け出していて、論敵に感銘を与えることもできたのでしょう。

すなわち説いていわく、「自分の意見に執着して議論をふっかけてくる人がやってきたなら、こう返して肩すかしをくわせるといい。『議論に応じる者は、ここにはいない』」と(第八三二偈)。

相手が間違っていても追いつめない

「自分を他人より勝るとか劣るとか、等しいとかと思わないように。……いかなる見解をも、心に持たないように」。これは、前項で紹介した釈迦の言葉に続く部分です。

(写真:iStock.com/Natalija Grigel)

この文の流れからすると釈迦は、人は他人に対する優越感を求め、劣等感に腹を立てるがゆえに、自分の見解にこだわって言い争うのだということを喝破していたのでしょう。

自分の有力さや有能さを実感したいという衝動ゆえに、私たちは「自分の見解は正しく、あなたの見解はおかしい」と思いたがるバイアスに、いつもとらわれているのです。

こんな、ありがちなケースを考えてみましょう。「これ、やっておいてってお願いしたのに、どうしてやってくれていないの?」「いや、そんなこと聞いてないよ」「ええ?! この間はやってくれるって言ってたのに」「はあ!? そんなの初めて聞いたし」……こんな、水かけ論。

この論争に負けると、自分が劣った者というイメージになりかねないからこそ、互いにムキになりがちですよね。内心「あなたはいつも勘違いばかりなんだから今回も……」などと思っていたりするものでして、「自分が忘れて勘違いしているのかも?」とは思わないものです。「正しいのは自分であるはずだ」と考える楽観性(?)が、脳の基本発想なのでありましょう。

このケースですと証拠がないため水かけ論で終わるのですが、ある意味さらに厄介なのは、不運にも証拠が出てきて相手が「敗者」と確定した場合です。たとえば、交わしたメール履歴を見れば、どんなやりとりがあったか確認できてしまいますでしょう。それで自分が正しかったとわかったなら、うれしくて相手をやっつけたくなるでしょう。

が、そうして追いつめるのは相手を傷つけて、互いの関係をこそ破壊してゆくことになります。「敗者」をさらに追いつめるなんて品性のないことと、思いとどまりたいものです。

関連書籍

小池龍之介『しない生活 煩悩を静める108のお稽古』

メールの返信が遅いだけで「嫌われているのでは」と不安になる。友達が誉められただけで「自分が低く評価されたのでは」と不愉快になる。人はこのように目の前の現実に勝手に「妄想」をつけくわえ、自分で自分を苦しめるもの。この妄想こそが、仏道の説く「煩悩」です。煩悩に苛まれるとき役に立つのは、立ち止まって自分の内面を丁寧に見つめること。辛さから逃れようとして何か「する」のでなく、ただ内省により心を静める「しない」生活を、ブッダの言葉をひもときながらお稽古しましょう。

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メールの返信が遅いだけで、「嫌われているのでは」と不安になる。友達がほめられただけで、「自分が低く評価されたのでは」と不愉快になる。つい私たちは、ちょっとしたことでモヤモヤ、イライラしがちです。小池龍之介さんの『しない生活』は、そんな乱れた心をスーッと静めてくれる一冊。本書が説く108のメッセージの中から、いくつかご紹介しましょう。

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小池龍之介

1978年生まれ。山口県出身。東京大学教養学部卒業。 元僧侶。ウェブサイト「家出空間」主宰。​2019年に還俗し、現在は「月読お稽古場」道場主  。 著書に『しない生活』(幻冬舎新書)、『沈黙入門』『もう、怒らない』(ともに幻冬舎文庫)、『考えない練習』『苦しまない練習』(ともに小学館文庫)、『超訳 ブッダの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『平常心のレッスン』(朝日新書)、『“ありのまま" の自分に気づく』(角川SSC新書)などがある。

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