
先週までずっと冷房をつけていたかと思ったら、ここ数日はぐっと冷え込み、温かい飲みものが身にしみる季節になった。人がマスクやフェイスシールドをつけるようになっても、周りの自然はいつものように変化を続け、そのたゆみのなさが今年はとりわけありがたく感じる。
二年前の秋、仕事で八戸を訪れた。大型の台風が日本を縦断しており、東京に帰る日の明け方近くが、ちょうど台風の青森県を通過する時間にあたった。こま切れの浅い眠りのなか、古いホテルはぐらぐらと揺れ、窓の外からは地鳴りのようなごうごうという音が、この世の終わりのようにずっと鳴り響いていた。
翌朝スマートフォンを見ると、何件かの着信履歴と1件の留守番電話が入っている。その見覚えのない番号は、店の近所に住む大家さんからだった。
道を歩いていた人から警察に、本屋さんのシャッターが風にあおられ、ぶらぶらして危険だから何とかしたほうがいいと通報があった。ちょうどこの辺りを見回っていたら、警察官がロープと土のうでシャッターを固定しているところに出くわし、その話を聞いた。とりあえずは大丈夫だと思うから、明日警察に電話して、土のうを返してほしい。
着信は深夜1時だったから、同じ台風が青森にくる4時間前くらいのことだろう。その時は大家さんに電話をして、よくよくお礼を言ったあと、妻に店を見に行ってもらった。

台風一過の午後、店に戻ると中村さんがいた。説明するのが難しいのだが、中村さんは個人で工事を請け負い、自ら職人として作業をする一方、電気や水道、左官、内装など専門の業者を必要に応じて手配もする。Titleはこの中村敦夫さんに工事を任せ、その後も何かメンテナンスの必要があれば、すぐに電話をして来てもらっている。
ダメだね、これは。シャッターが風でゆがんじゃって、上まで巻き上げられないのよ。ちょっと色は変わるけど知り合いのシャッター屋に同じ型の板があったから、しばらくはそれでがまんしてよ。
中村さんはこころなしか声がはずんでいる。トラブルとあらば燃えるタイプなのだ。
中村さんにカフェでコーヒーを飲んでもらっているあいだ、警察に電話をした。するとすぐに男性二人がやってきて、あっという間に土のうとロープを片付けた。若いほうの男性に話を聞くと、「今日はずっとこんな仕事です」と大きなよく通る声で答え、帰ってしまった。
雨の降る日、風が吹く日、店はそこに立っている。ぼつぼつと天井を激しく叩く雨音を聞いていると、この古い建物自体が荒波を進む船のようにも思える。
激しい夕立が降った夏の日の夕暮れどき、そこに居合わせたお客さんが不安そうな顔をしていた。
大丈夫ですよ。古くて沈みそうに見えるけど、そう簡単には沈みませんから。
そんな思いが伝わったのかはわからないけど、彼女は引き返してカフェの席に座った。そこで時間が過ぎるのを待つのだろう。
今回のおすすめ本

『それから それから』中野真典・絵 高山なおみ・文 リトルモア
ふってもふっても
あめふりやまず
あめのむこうに
はくりゅううまれた
水は集まり川となって、それから、それから、わたしのところまで運ばれてくる。ずっとそこにあったような、叙事詩のような物語。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年11月28日(金)~ 2025年12月22日(月) Title2階ギャラリー
劇画家・バロン吉元が1971~72年に発表した代表作『昭和柔俠伝』(リイド社刊)の復刊を記念し、同作の原画のみを一堂に集めた初の原画展を開催します。物語の核となる名場面を厳選展示。バロン吉元はいかに時代を切り取り、そこに生きる人々の温度を紙にこめてきたのか……。印刷では伝わりきらない、いまだ筆致に息づく力を通して、原稿用紙の上で世界が立ち上がる軌跡を、原画で体感いただける機会となります。
◯2025年12月25日(木)~ 2026年1月8日(木) Title2階ギャラリー
毎年恒例の古本市が、今年もTitleに帰ってきました! Titleの2階に、中央線からは遠いお店からこの辺りではお馴染みの店まで、6店舗の古本屋さんが選りすぐりの本を持ち寄って、小さな古本市を開催します。10回目の今年は、新しい店も参加します! 掘り出しものが見つかると古本市、ぜひお立ち寄りください。
【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります】
本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えます。同日よりその10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります。
各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。
Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
■書誌情報
『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』
Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
心に熾火をともし続ける|〈わたし〉になるための読書(7)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
あらゆる環境が激しく、しかもよくない方向に変化しているように感じる世界の中で、本、そして文学の力を感じさせる2冊を、今回はご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。















