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本屋の時間

2020.10.01 更新 ツイート

第95回

声にふれる 辻山良雄

最近では、本の注文も仕事の用件も、メールで届くことがほとんどなので、電話が鳴ることに対し軽い恐怖を覚えるようになった。知らない電話の声は、実際に面と向かって話すときより、〈他者〉に触れていることを強く思い起こさせる。本を注文したお客さんからも、電話での入荷連絡はしないでくださいと言われることが増えているので、おそらくわたしと同じように感じている方が多いのではないか。

 

店にかかってくる電話の半分がセールスの電話であるといえば、みなさんは驚かれるかもしれない。電気料金、なんとかペイ、手軽にできる販促サービス(?)などその内容は様々だが、どれも電話を取った瞬間に、日常の会話では聞くことのない取りすました人工的な声が聞こえてくるので、そのトーンで何の電話かわかってしまう。

 

そうした電話がずっと続いていたある日のこと、さすがにうんざりして次にかかってきた電話に対し、強めの口調で文句を言ってしまった。

いや、二三分も時間なんてないですよ。別に聞きたいと思っている内容じゃないんだから……。

そういうと、電話口の青年はしばらく黙ったあと、……そうですよね、お忙しいなか失礼しましたと、静かな声で電話を切った。その時は、言ったわたしも嫌な気になったが、濁りのある最後の声が、彼のほんとうの声なのだとわかったことに、なぜだかほっとしてしまった。

彼は自分の声を押し殺しながら、リストに従い電話をしているのだろう。そうした匿名でのやり取りは、この社会に巣くうカフカ的な迷宮を想像させ、その一端に触れただけでもぐったりとしてしまう。

あのー、すこしお聞きしたいんですけどぉー

何でしょうか

今度発売の何て雑誌かわからないですけど、トートバックの付録がついていて

ああ。『〇〇』という雑誌であれば、店に入荷はありませんで……

電話はそこで切れ、会話は終わってしまった。女性の声からは、もう何軒も電話をかけたあとなのだという苛立ちが最初から伝わってきたので、途中で電話を切られたことも不思議ではなかった。

声は、たとえば顔に表れる表情よりも、その人の感情を生のまま伝えているのではないだろうか。

ある日仕事の電話を切ったあと、その時たまたま横にいた妻から、こらえきれないという顔で大笑いされた。

だってあなた、だんだん声が小さくなっていくから。はい、はい……、はい………って。あー可笑しい!

まあ確かにそうだなと思って、その時はわたしも笑ってしまった。電話で話した男性は、自分がいかに仕事ができるかについていくつも例を挙げ、よく通る大きな声で語りはじめたから、この人嫌だなと思ってしまったのだ。横で聞いているだけでも、何を考えているのかわかってしまうのだから、声というものはおそろしい。

 

今回のおすすめ本

『いきもののすべて』フジモトマサル 青幻舎

ここ数年作品の復刊、再評価が進んでいるフジモトマサルさんの4コマ漫画集。静かな笑い、ウイットに富んだ会話、おだやかさ……。すべていまの世界に足りない、必要とされているものである。


 

◯Titleからのお知らせ
6月1日(月)から、書店・カフェともに店頭での営業を行います。短縮営業です。詳細はこちらをご覧ください。

◯2020年10月10日(土)~2020年10月27日(火)Title2階ギャラリー

中野真典個展 それから Title
「それから それから」原画+描き下ろし作品を中心に

中野真典さんが絵を描き、高山なおみさんが文を綴った絵本『それから それから』の刊行を記念した原画展。夏のキチムでの前編につづき、いよいよ後編。中野さんの描き下ろし作品も多数展示。

◯2020年10月30日(金)~ 2020年11月12日(木) Title2階ギャラリー

安達茉莉子 イラスト詩集『消えそうな光を抱えて歩き続ける人へ』刊行記念原画展

「光」をテーマにした新作イラスト詩集(オールカラー)の刊行記念原画展。2017年のひるねこBOOKSでの同名の展示をベースに広がる新たな世界観。

 

◯かみのたね『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』書評/辻山良雄 2020.8.27



◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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