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本屋の時間

2020.09.15 公開 ツイート

第94回

来る日も来る日も また次の日も 辻山良雄

「店を開く」「店を続ける」といった言葉があるように、一般に「店」は、人間の意志による産物のように思われている。しかし長く続いている店を見てみると、乗る人の背中を変え、自らのかたちも変えながら、それ自体があたかも一つの生命体のごとく生きながらえているようにも見える。

 

最近出版された『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』(京阪神エルマガジン社)は、京都の三条河原町にある喫茶店「六曜社」の、三代にわたる物語。旧満州から引き揚げてきた創業者の實が店を開き、シンガーソングライターとしても有名な實の三男・修がそこに独自性を持ち込む。そして現在では修の息子である薫平が、この時代に求められるサービスを模索しながら、店を続けている。

時代の環境がそれぞれの個性と重なる、すこぶる面白い本だったのだが、「家業」とはこうしたことをいうのだなと、すこしうらやましくも思った。

わたしの父も、神戸で祖父が興した真珠の卸売会社を継いだ二代目だった。戦前・戦中は羽振りもよかったようだが(料亭でインド人と騒いでいる古い写真が実家に残っている)、戦後になると商売は先細りしはじめ、わたしが物心つくころには「いかに会社を終えるのか」ということが、直接は口にされなくても家族みんなの頭にあった。

父は家では酒ばかり飲んでいたから、働いている姿を想像するのは難しかった。この人は毎朝決まった時間に家を出て、夕飯前には帰ってくるが、そのあいだは一体どこで何をやっているのだろうと思っていたところ、一度だけ深夜、売り物の真珠に糸を通している姿を見かけた。溝が何本もついた専用の台に真珠の珠を並べ、黙って横から糸を通している。

明日持っていく商品やからな。

そのとき父はそう言ったと思う。地味で息が詰まりそうな作業だが、親が仕事をしている姿には、どこか子どもを黙らせる力がある。父が別人に見えたのは、後にも先にもその時だけだったが、いま思えば父の働く姿をもっと見たかった。

家の近くに、友人の両親がやっている居酒屋がある。ある日店に行くと、奥のテーブルには子どものおもちゃが、ぎっしりと積み上げられていた。

あっちゃんたちがいたのですか?

友人には二人の子どもがおり、彼女が仕事を切り上げられないときには、店の奥で子どもたちが遊びながら待っているのだ。店の二階は老夫婦が住む自宅になっているから、いまはそこにいるのだろう。

そうなのよ、ごめんなさいね。いま片づけますから。

その居酒屋は夫婦二人で、もう50年以上も続けているという。店が忙しいときには、友人も手伝うことがあると聞いたが、彼女も継ぐことは特に考えていないようだ。しかし店は生活のすぐ隣にあって、そのことに客もどこか安心しているように見える。

六曜社のように有名な店も、街の居酒屋も、自営の店はそれぞれの家族のかたちを映して面白い。商売のほとんどは決まった作業をくり返す単調な時間だが、それを経て磨き上げられる、鈍い光がある。

 

今回のおすすめ本

『ランベルマイユコーヒー店』オクノ修・詩 nakaban・絵 ちいさいミシマ社

六曜社地下店のマスター、奥野修の名曲に、nakabanが絵を描いた詩のごとき一冊。生活の切実さからこぼれ出るものが歌となる。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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