1. Home
  2. 読書
  3. もろくて、不確かな、「素の自分」の扱い方
  4. 誰かに執着する自分が嫌い。軽やかな自分を...

もろくて、不確かな、「素の自分」の扱い方

2020.10.09 更新 ツイート

誰かに執着する自分が嫌い。軽やかな自分を演じてきた私の「素の自分」って? 池田園子

Photo by Erik Dungan on Unsplash

細川貂々さんが、「素の自分」との付き合い方を体当たりで探した『もろくて、不確かな、「素の自分」の扱い方』。本書を読んだ、編集者の池田園子さんもいろいろ思うところがあったよう。池田さんの思う「素の自分」と、見せたい自分のギャップ。そして、その葛藤とは――。

* * *

ヒトへの執着心が強い、素の自分が嫌

あっさりしていて、引きずらない——。飲み物で言うなら炭酸水みたいな、さっぱり感のある人になりたくて、人前ではそんな自分であろうと努めている。

自分のもとを離れていく人や縁がない人は追わないし、必要以上に距離を詰めないようにしている。それが流儀。「執着しない人間」を目指している。周りが私をそう見ているかはわからないけれど、少なくとも人前では「執着しない人間」を演じている、と思う。

付き合っていた相手と別れるときも、離婚するときも、相手の心が冷めたと感じ取ったら、自分の意思で相手に背を向けた。こちらに愛がない相手を追うのは、惨めだし悲しいし余計に傷つくと考えているから、表向きは必ず終了させることにしている。

でも、ひとりでいるときの素の自分ときたら、甘いリキュール、たとえばアマレットみたい。こってりして、とろみがあって、明らかに後味が残る感じ。アマレット特有の濃厚な甘さは好きだ。でも、素の自分がアマレットっぽいのはうれしくない。

モノ・コトへの執着はほとんどなくても、未だにヒト——恋愛・性愛枠に入っている相手に限り——に執着心を抱えてしまうと自覚している。ひとりでいるときの素の自分は、うじうじした感情と連れ添っている。破局や離別に際し、自ら進んで離れたはいいが、ひとりきりの部屋で泣き続けて、二重整形手術翌日の写真並みに目を腫らしたことが何度もある。

継続中の相手に対してもそうだ。たとえば、一緒に過ごしているときも、離れているときも、一定量のストレスを感じさせる人。でも、見た目がとても好みだし、肌が合うし、会話も時々は楽しい。時々、っていうのが、根本的なミスマッチを示している。総合的に見ると、互いの相性は50~60点なのかなあ。

「もっと相性のいい相手はきっといるし、この人と関わり続ける必要はあるのかな」「どうしてストレスが溜まるのに、一緒にいようとするの」「この関係を続けて果たして未来はあるの」

こう問いかけてくるのは、冷静な思考をしているときの自分。素の私はこの問いをスルーする。聞かなかったことにする。相手に縋りつく態度は取らなくても、微妙だとわかりきっている関係をずるずると続けて、おいしいところだけを味わって、つまらない瞬間には目をつぶる。素の自分は何かを手放すのを恐れる、弱くてズルい人間。

素の自分はいてもいい、出してもいいと思えたら心が楽に

細川貂々さんの新刊『もろくて、不確かな、「素の自分」の扱い方』には、細川さんを含む10人の女性たちが、素の自分とどう向き合い、どう付き合っているかが描かれる。ここでいくつか事例を見てみよう。

素の自分を「ネガティブ思考クイーン」と認識する細川さん(50歳)。素の自分が大嫌いで「消そう」と試みたことがあったけれど、とても苦しかったそうだ。消そうとするのをやめて、嫌いな素の自分を「いてもいい」と認めたら、だいぶ楽になったのだとか。

ポピーさん(51歳)は素の自分を「頑固」だと思い、人前では頑固さを出さないように気をつけていたという。でも、正直に生きる恋人の姿に影響され、本当の自分を出しながら生きていいんだと思うように。現在は自分が思ったことを、言葉に気を配りながら、外に出しているという。

他の女性たちも多くは、素の自分の扱いに葛藤している。程度の差はあれ、悶々としているフシがある。素の自分に対してポジティブな思いだけを持っている人はいないのかもしれない。

特に興味深かったのは、きくちゃん(38歳)の考え方だ。「素の自分はなくて作るもの」「接する人に合わせて素の自分が出る」という。

素の自分とは共生しないといけないから

そうか。素の自分と一口に言っても、それは一種類とは限らない。そもそも自分というものは多面的な生き物だから、いろいろな素の自分がいてもおかしくはない。

「素の自分 - ひとりでいるとき仕様(甘ったるくて、親密な相手への執着心が強い)」がいれば、「素の自分 - 友達Aといるとき仕様(明るく元気で、笑いを取りにいこうとする)」「素の自分 - 友達Bといるとき仕様(20年近くの付き合いがあり、心を許しきっているから、気負わず何もかも話す)」もいるのだ。他にもいろいろな仕様の、素の自分が存在しているのだと思う。

ということは、執着心が強めの、人様には隠している(ここで書いたからバレたけれども)素の自分も、“素の自分集団”のひとりに過ぎない。執着するという行為はクールではない、という考えを持っているから、やっぱり嫌だなあとは思うけれど、そんな素の自分もいると認めてみよう。

「私って面倒くさくないし、ワガママ言わないし、一緒にいて楽でしょ? でも、本当はけっこう面倒な人間なの、ひとりでいるときはものすごくややこしいことを考えてるし、カラッとしてないのよ。湿度高いの。そう見えないでしょ。ふふ」

そうやって、相手に厄介な素の自分をチラ見せしていいのかもしれない。それを聞いて離れていく相手に追いすがることは、ない。

自分を知るために素の自分から目を逸らさない

少なくとも生きている間は、素の自分となんとかやっていかなければならない。素の自分からは逃げられないから。

素の自分について考えを重ねてきた細川さんは、最後に「素の自分をよく見ておくと、自分を知ることができる」趣旨のことを描いている。

自分のことを知りたい。だから、理想にはほど遠くて、クールじゃない素の自分からも目を逸らさずに生きていこう。私にそう思うきっかけを与えてくれた一冊だ。

お知らせ

1.10月17日13時から、オンライン刊行記念イベント「細川貂々さんと考える <素の自分>ってなんだろう?」を開催!
このページより詳細をご確認ください。

2.細川貂々さんの直筆イラスト&サイン入りの色紙付き書籍も幻冬舎plusのストアにて限定販売!
このページより詳細をご覧ください。

関連書籍

細川貂々『もろくて、不確かな、「素の自分」の扱い方』

小さいころから、母親に「あなたは何もできないから何もしなくていい」と言われてきた細川貂々さん。そのせいで自分に自信が持てません。漫画が売れても、映画化されても本名の自分は自信がないまま。あるとき、精神科医の先生に出会い、その原因が素の自分を大事にしてないからだと気づきます。それから、何者でもない素の自分を大事にするようになった貂々さん。そこで、いろんな人に、どんなふうに「素の自分」と付き合っているのかを聞くことにしました。そこでわかったのは、「素の自分」とは変で、いびつで、はかない存在だということ。体当たりで探した、「素の自分」を大事にしながら、自分を肯定するヒント。

{ この記事をシェアする }

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP